金翅鳥院のブログ

天台寺門宗非法人の祈祷寺院です。

仏教系茶飲み話

仏教のあれこれを私の角度から

天帯耳を覆う愛染明王

愛染明王の本拠「金剛峯楼閣一切瑜伽瑜祇経」には愛染明王の表現で「天帯、耳を覆う」という言葉がある。 きらびやかな冠から伸びた左右の布飾りが耳を覆うの意味。 愛染明王はラジャの三昧におられる。ラジャはつまり王様です。 きわめて高貴の三昧におられ…

冷厳な慈悲

昔、若いころ不思議だったのはひとかどの人物と言うのは皆、距離があると優しくいかにも温かで、近づけば近づくほど、冷たく厳しいものだということ。 当時の未熟な私は冷厳な慈悲と言うものを知らなかったのだ。 特に私の知る宗教者は一応にそうだった。 で…

○○信仰

聖天さまを信仰している 観音さまを信仰している お稲荷様を信仰している。 と言ってもお札を祀り頼みごとをしていればそれで信仰と言うわけではない。 共に生きることが信仰。 その覚悟が信仰。 これから先この方とともにずっと生きていくというのが信仰だ…

お葬式に行かないという選択

大部以前に「キリスト教のお葬式に行かないといけないのですが、その場合どうすれば?」と聞かれたことがあります。 その方はうちの信徒さんでした。 まあ、行けばどうすればこうすればはあちらさまで教えてくれるでしょうし、僧侶の私にそれ聞くのも変でし…

仏道の終着点

健康に働ける。普通に生活できてに周囲と和悦して暮らせること。 この「ありきたり」が喜べるというのが仏道の終着点です。 あるべき悟りの世界です。 ここに至る以外に本当に大事なことは外になにもない。 浄土や仏が見えたとか、光に包まれた体験をしたと…

回忌のお経  2

宗派によってはもう極楽に決定往生間違いないという宗派もあります。 浄土門と言うのがそれですね。 浄土宗・浄土真宗・時宗などなど。 もう極楽に直行だから年忌法要はいらないのでは?という疑問もあるでしょう。 実際はどうなのかはわかりませんが、極楽…

回忌のお経

四十九日の忌明けまでは霊魂はいろいろ修行して転生に備えると言われています。 だんだんとこの世の未練を捨てて、新しいところへ向かう準備です。 これで霊魂も旅立っていく。本当のお別れです。あとは一周忌のような年忌法要になっていく。 私は師から一周…

地獄 極楽

地獄は本当にあったら怖いな。 極楽は真実あるのだろうか? 素朴な疑問をぶつけられることがある。 正直に言えば死んだことはもちろんないし、前世で何十何百回と死んでいても記憶がないから何もわからない。全くわからない。 ただ思うのはそれらはどれも人…

志のない願いは受けない毘沙門様

毘沙門天には二十八使者というご眷属がいます。 そういう説はないけども二十八宿とも対応しているかもしれないと思う。 実に様々な御利益を担いますが行ってみればこれは毘沙門様の御利益を分担しているのでしょうね。 「摩訶吠室羅末那野提婆喝羅闍陀羅尼儀…

懺悔行は身口意のお掃除

大森先生の滅罪会は参加される方に沢山の大きな気づきがあるようです。 滅ぼすべき罪にもいろいろある。 人を殺す。ものを盗む。よこしまな色欲に耽る。 人をだましたばかる。 これらは「四波羅夷罪」と言う重罪として行えば仏教教団から出されました。 人に…

三福天の秘密 人はどうして成功するか

三井寺の水観寺では定期的に三福天の護摩が焚かれています。 さて三福天にはどんな意味が込められているのでしょう。 三福天を拝む場合の中心は古来 弁天様がほとんどです。 大黒天中心だと三面大黒天。 毘沙門天の三尊だと吉祥天と禅尼師童子になる。 なぜ…

現在心 金剛経の話1

金剛般若経では「過去心不可得 未来心不可得 現在心不可得」といいます。 過去は過ぎ去り、未来は未だ来ない。 現在と言う一瞬ととらえることもできない。 でも我々は心を認識している。 それが常に未来に遊離し、過去を回想しているからです。 多くの苦しみ…

阿弥陀か観音か

20代後半だが、町で声かけられて阿弥陀仏を信仰する団体に連れていかれて、観音信仰をしていると言うと「観音だって?そんなものなんですか。観音なんて最低のカスみたいなもんだ。」と小馬鹿にするように鼻で笑われた。 それで「ふ~ん。観音様は阿弥陀様の…

ほとけと生きる

仏と生きる。 仏とともに起きて仏とともに寝る。 仏とともに仕事する。仏と心で語る。 仏と食事する。 ・・・何でもそういう風。 「そんなこと言っても腹の立つことや辛いこと、悲しいこと、嫌なことがいろいろあるもの。それはどう考えたらいいの?仏様がい…

六大黒の真言

世に六大黒というものがあります。 摩訶伽羅大黒女 俵を両手で持ち上げた天女形 眞陀大黒 宝珠を手にする童子形 夜叉大黒 法輪を手に載せた衣冠束帯形 摩訶伽羅大黒 常の大黒天で荷葉座に乗る 比丘大黒 僧形で刀と槌を持つ 王子伽羅大黒 信陀とも書く 金剛所…

覚有情

菩薩を「覚有情」という。 「悟りてなお情けあり」と言うのが菩薩であるいうのが金剛経を専一に提唱した濱地天松居士の教え。 阿羅漢のようにただただ無常の諦観に住して木や石のように情を動かさぬものは大乗の行者にあらず。 また情にほしいままに流されて…

方便としての魔性

祈祷行者としてそれなりになるには、隠し味的に絶対欠くべからざる必要なものがあると私は思っています。 それを「魔」と呼ぶ。 清々しく、美しく、慈愛に満ち満ちたもの。それが基本であることは間違いないでしょう。 だがそのアンチテーゼとして「魔」は必…

稲荷信仰 割れた狐さん

稲荷信仰には狐像がつきもの。 でも陶器の狐さんは良く割れることもある。 そういう場合はどうする? 基本的に接着剤で貼って修理します。 軽々しく捨てないで、どうにもならないくらいになってしまったら捨てる前に新しいお狐さんを買って「元の依り代がこ…

叶う祈りの前提

祈願をかなえるのには? 何様がいい。 聖天様、荼吉尼天、宇賀神、愛染明王・・・?あるいは熊野だ。箱根だ。瀬織津姫だ と言うけど・・・それには、どれも信仰という基盤が必要です。 ほかの宗教の人たちはその信仰基盤がある。例えばヒンドゥーでもそう。 …

愚かな祈り

世の中で一番愚かな祈りは「○○さえ叶えばもうあとは何も要らない」と言う祈り。 そういうこと言う人に会うたびに口には出さないけど「バッカだね~」と思う。 自分の人生に必要なものを自分は知っていてそれを注文すると言う信仰。 聖天信者なんかに多いけど…

仏像を祀る

色々な仏像を祀る。 私は「ああ、この御仏はその昔さぞ拝まれてさぞ活躍したのでしょう。今一度拝んで差し上げたい。」 と思って古仏を求めて修理しています。 まあ一種の陰徳行だと思っています。 でもそうではなくただただ「御利益欲しさ」だけに祀る人も…

舎利と如意宝珠 

舎利と如意宝珠の信仰は相通じるものです。 舎利は言うまでもなくお釈迦様のお骨ですが日本で拝まれているのはほとんど瑪瑙などの石です。 これはお釈迦様のお骨の代用です。 それでもいいことになっております。 最初は本物の舎利のみを行ったのでしょうが…

老人性うつ病と夢

だいぶ前だが、日光修験の伊矢野美峰先生とお話しした時 「人は夢が大事だ」といわれた。 まさしくそうだと思います。 いいことをいわれる。 だから夢を失っているお年寄りは段々気力もうせて鬱病になるのか・・・と思います。 私にしても若い昔みたいになん…

徳一法師に完敗ですか?

仏教徒でも死んだらそれでおしまい。ナッシングだという考え。 そういうのは私は仏教だと思っていない。 そういう人の話はどんな偉い方のお話でも仏教だと思っては聞いてはいません。 最近はそういう宗派もあるようですが、どこだろうがお祖師さんはそんなア…

空に擬態する真如

理屈で仏教なんか勉強しても判る物ではない。 空だの無だのと屁のような話だ。 ハッキリ言ってこれらは説明ではない。 字ずらを追えば堂々巡り。 表現でしかないのだ。 それを理屈だけでたどっていけばみんな幽霊のようなかすかなものになってしまう。 ある…

社会をサンガとして

よく言われるように人間と言うのは人の間と書く。 人と人の関係があってこそ人間。 絶海の孤島や極地にまったく一人で住んでいてはやはり人間らしい生き方はできない。 例えばタイムマシンにのって中生代亜白亜紀にいって一人だけで豪邸に住み、美味いものを…

加持力と超能力

加持力と超能力は別なものです。 超能力はだいたい生まれつき備わっている。 練習したとて知れたもので身には就かない。 超能力と言えばお釈迦様の十大弟子でも神通第一の目連尊者がいます。 伝説では彼は母が餓鬼道に出していると天眼通で知り、あるいは難…

灌頂の話

灌頂は密教の至極です。 それ自体は四大海の水をあつめて瓶に入れ頭にそそぐインドの王の即位式にもしたものですが、これで受者は仏の位に上る。 だから仏さまとしての名前もいただきます。 大体おおまかには三つある。 在家が縁を結ぶ結縁灌頂 これは諸大寺…

金光明最勝王経の妙幢菩薩

妙幢菩薩は最勝王経「夢見金鼓懺悔品」に登場して夢に見た懺悔の方法をあかします。 本来、「金光明最勝王経礼懺儀」のもととなったのは「滅業障品」でこちらの方が長文で最勝王経の滅罪の中枢なのですがかなり長文ですので、一般に読むなら「夢見金鼓懺悔品…

阿弥陀様で商売繁盛?

最近病気に関して阿弥陀様の真言をとなえて結構いい結果が出る。 阿弥陀如来と言えば往生極楽のご本尊。 大体現世利益はあまり聞かないが意外だ。 まあ、阿弥陀様の真言を言うのは大体もうほぼ助からないであろうレベルの方のみです。 だから治したいとかと…