金翅鳥院のブログ

天台寺門宗非法人の祈祷寺院です。

仏法の知恵で生きてみる

仏教のあれこれを私の角度から

「地蔵弥陀同一体 遍照十方利益衆生」 

お施餓鬼は宗派を問わずしていますが、どういうわけか特徴あるお戒名の方のご回向が圧倒的に多い。 それは弥陀一仏に帰依するご宗派の方々です。 そのご宗旨ではもう我々は弥陀の浄土に救い取られているという。 何故なら法蔵比丘が大無量寿経にいう四十八の…

「根本無明」の話

石原慎太郎さんが自殺を委託した人の病を「業病」といった点で物議をかもした。 この話では「業病」というイメージが「悪事の果てになる病」のイメージとしてとらえられている。 石原さんの話自体は措いて、これを「仏教思想」と解説しているものもあったの…

金光明最勝王経「乃至蚊虻悉不為害」のご利益

如意宝珠品には最後に末那斯龍王。電光龍王。無熱池龍王。電舌龍王。妙光龍王の五大竜王が現れ 真言を説きます。 怛姪他 阿折囇 阿末囇 阿蜜 諦 惡叉裔 阿弊裔 奔尼鉢唎耶栗諦 薩婆波跛 鉢唎苫摩尼裔 莎訶 阿離裔般豆 蘇波尼裔莎訶 ( タニヤタ アシャレイ ア…

金光明最勝王経「願我莫見罪惡之事」のご利益

知り合いのご僧侶から近所にネコをいじめる人がいて嫌だから引っ越したいと思うがどう思うかというメールをいただいた。 この人はやさしいお坊さんで野良たちの味方をしてくれているのだ。 でも世の中には無慈悲な人がいてそういう猫たちを穢い‼とかいって邪…

普賢十大願  普皆回向

普賢十大願の最期は「普皆回向」 普く皆回向する。 徳行の功徳は全部皆さんに回し向ける。 何にも残さない。全部上げちゃう。 こういうと心理学で教えてもらった「受け取らない」「受け取ってはいけない」につながってしまいそうに思う人もいるかもしれませ…

普賢十大願  恒順衆生

普賢十大願 恒順衆生については以前にも書きました。 大乗仏教は衆生を離れては存在しない。 故に高みから睥睨する仏教ではない。 上座部の阿羅漢のような特殊な人間にならなくてもよい。 どこまで悟っても「和光同塵」と言って光をやわらげて衆生とともに歩…

普賢十大願 常随仏学

大乗の菩薩は言うまでもなく仏陀の教えを常に規範としなくてはならない。 それが「常隋仏学」ということ。 原始仏教で釈尊はなくなる時に「自らを燈明とし、法を燈明としてすすめ」と遺言されたといいます。 釈尊ご自身は「大事なのは私でなく貴方。そして法…

普賢十大願 請仏住世

「請仏住世」とは常に仏が世にましますことを願うことです。 しかし今の世の中は仏教では「無仏世界」といいます。 つまり仏陀がお隠れになっている世の中。 お釈迦様は二千五百年前に亡くなっています。 仏教神話では「弥勒菩薩」が兜率天から地上にお出に…

普賢十大願 請転法輪

普賢十大願の第六は「請転法輪」です。 仏様の説法を願うことが本来の意味ですが、今はもうお釈迦様は亡くなっていて「如来在世」の世の中ではありません。 したがってこれは肉身の釈迦の説法を願うことは不可能です。 しかし、仏の説法は聞くことはできます…

普賢十大願  随喜功徳

菩薩は如来の功徳を随喜する。 喜ぶことです。 お葬式のような不祝儀でなく、よくお寺などの行事で営まれる法要に参列することを随喜と言います。 これも法要の功徳をうけて喜ぶことです。 喜びは大事な徳目。 如来の功徳ならずとも 、人も頂いた功徳を喜ぶ…

普賢十大願 懺悔業障

普賢十大願の第四は「懺悔業障」 普賢菩薩は十地の大菩薩、菩薩としての最高位で実は阿閦如来の化身です。 その普賢菩薩が懺悔・業障を言われるのはいささか不思議ですが、普賢菩薩の懺悔は必ずしも普賢菩薩いちにんの懺悔ではない。 一切衆生に変わりて懺悔…

普賢十大願  広修供養

普賢十大願の第三番目は広修供養です。 大乗の菩薩は広く供養を修すべきです。 以前にも申しましたが仏教では祈りはすべてが供養です。 祈願というのも畢竟供養でしかない。 ですから厳密にはご回向と祈願は区別はない。 全て祈願と言えば祈願。供養っちゃ供…

普賢十大願 賞賛如来

普賢十大願の第二は「賞賛如来」です。 仏を讃嘆するということ。菩薩はお褒めするということです。 前にも言いましたが褒めるとか尊敬する。 えらさがわかるというのは自分も基本的におなじ徳を持つということです。 法華経ではここのところを「今し、如来…

普賢十大願 礼敬諸仏

普賢菩薩の十大願は華厳経に出てくる全ての菩薩道を歩む者の規範とされてきた教えです。 その第一が礼敬諸仏です。 諸仏を礼し敬いたてまつる。 仏を一仏に限らないという姿勢がその第一です。 以前「念仏の信仰をしていましたが、その時は阿弥陀一仏だけが…

お盆と棚経

お盆はそもそも神通第一と言われた仏弟子目連尊者の母上が餓鬼道に落ちているのを救う手立てとしてお釈迦様が説いた方法と言います。 目連尊者は今でいうエスパーでしたが、そんなエスパーでも業報はどうにもならないのです。 目連さん自身も狂暴な異教徒に…

三界万霊って何?

自分の知ったお寺の「お施餓鬼」では先祖供養はするが「三界万霊」を供養したことはないのに・・・どうしてこちらはそれをするのですか?という質問がありました。 お施餓鬼は先祖や故人が「餓鬼」になっているため、これをするという訳ではないのです。 普…

偉さは自分と同質だからこそ

一神教では神様は我々を作った方。だからえらい! この考えは親父、おふくろは自分を作った人だから偉いという尊敬と同じ。 ただこれは「だからえらいんだよ」という理屈じゃない。命という最大のギフトをもらっている。理屈じゃなく気持ちだ。 酒飲みで暴力…

損と得は表裏一体

改正動物愛護法ぐっとグレードアップしました。 愛護動物をみだりに殺したり傷つけた者→5年以下の懲役または500万円以下の罰金 愛護動物に対し、みだりにえさや水を与えずに衰弱させるなど虐待を行った者→1年以下の懲役または100万円以下の罰金 愛護動物を…

猫コンクール

テレビで全米の猫のコンクールを見たことがあります。 いろいろな猫が出てきて面白い。 みんな自慢の猫を持ち寄って…勝てば鼻高々で、負けると本当に悔しそう。 半泣きで帰る人も。 「ウ~ン・・・うちの猫が負けるわけない‼」 なかなか面白い。全米ですから…

「世間虚仮 唯仏是真」聖徳太子

日本の歴史的人物で最も尊敬できる仏教者と言えば私は聖徳太子を上げます。 「世間虚仮 唯仏是真」と聖徳太子は言われたと伝えられています。 世間は虚しく仮のもの。 確かに移いゆく世の中、価値観も変わり、人の心も変わる。そう思えば「世間虚仮」であり…

お葬式は共通了解

この前、ある方がお身内亡くされた。 でも地方では疫病蔓延の折からお葬式に来ないでほしいという。 それでオンラインのお葬式。 でも、それ自体は思いのほか大変良かったそうです。 葬式をしている弟子に言わせるとやはり葬式は大事だと思うという。 別な宗…

どうせ死ぬなら

若いころですが「どうせ死ぬなら人間どんな生き方をしてなにをしても無駄ではないか?」という人がありました。 そうですね。 死なない人も生き物も存在しない。 どんなに良いことをしても悪いことをしても死ぬのは同じこと。 生きるということと死ぬことは…

堅牢地天 すでにいただいている恩恵

堅牢地天は諸々の地神の王であり、もっとも大力の天とされます。 それはそうでしょう、この地球そのものと言ってもいいのが堅牢地天ですから。 地鎮祭では「地上の一角を乞い受ける」という表現をします。 たてものを立てるのは地天様からそのお体の上を借り…

自分を愛するには・・・

心理学のセッションなんか行くと「もっと自分を愛しなさい。」などと言われますね。 ※ニャンコはいつも100パーセント自分を愛してます。 でも、自分を愛するとかいわれてもわからない・・・結構そんな人は多いはず。 自分を愛する。 それは今の人生を愛する…

心外無別法

心外無別法 仏法は突き詰めればそういうこと。 心のほか何もない。 こころが作る世界で生きている。 外界はないのか? ここでが外界の説明が出てくれば主体客体が生まれて実在論となるのだが・・・ 外界はあるとかないとか、そういう実在論は大乗仏教には存…

鳥獣にも喜怒哀楽の心あり

https://article.yahoo.co.jp/detail/e4d5b212827385bc9ae29e5c662641261a7c2bd5 イギリスでクソガキが白鳥の巣に石やレンガを放り込んで卵を割って遊び、ハクチョウは悲しみのあまり死んでしまったことが分かった。 昔の仏教説話は生き物にも人間に近い感情…

普通でいい。

密教というと何か超能力的な力の習得とか思うようですが、それはどちらかというと上座部の阿羅漢のお話です。 阿羅漢には漏尽通以外の五通がある。まあ超人ですね。 密教は自分がそういう通力を持つのではなく。すでに超越的な存在であるホトケと一つになる…

「因業不可得」

よく因縁消滅しないといけないという話はありますね。 何かの病気が業によって起きているとか、お嫁にいけないのは過去世の悪因縁とか。 最近はそういうの、聞いてあざ笑うお坊さんも多いけど業というもの自体を否定したら佛教は成り立たない。 因果論の否定…

男の慳吝と女の貪欲はもてない

佛教でも慳吝と貪欲は深く戒めるところ。 長年見ていると、もてない男性は例外なく慳吝(仏教でいうケチ)です。 たまさか奮発してもそれを超意識して「してやったぞ感」が充満している。 「こんなチマチマしたケチな男と一緒になったら最悪!きっと、欲しいも…

花は紅・柳は緑

今朝。メールで門下の寺院と葬式の話をしていました。 うちは本来祈願メインの宗派。そこはほかの宗派に対して特徴的です。 門下の弟子でお葬式を普段にしているのはここだけで、後は祈祷しかしていません。 当たりまえのことですが人生はいつか終わる。 最…