金翅鳥院のブログ

天台寺門宗非法人の祈祷寺院です。

トータルに生きる。

あれをやらなきゃ、これもやらなきゃ…とだれでもそうやって一日一日生きていますよね。
それで気になる何かがあったりするとそのことばかり考える。
たとえば今週何曜日に会社でプレゼンテーションをするとなるとそればっかり気になる・・・。
良い事でもそうですね。今度の週末は初デートだといとそのことばかり考える。
もういくつ寝るとお正月~という歌のようなものです。
それも普通に考えるなら当たり前と云えば当たり前ですが、あえてそういう大事と思っていることも今、お昼に漫然とお茶啜っていることも同じ価値で考えてみます。
全て等価値です。
ア~あれが気になる!ということと今していること( くだらないと思うことでもなんでもいいんです )は同じくらいの価値だと思ってみます。
譬えくだらないと思っていても敢えてそれでもしているのだからやっぱり必要なのです。少なくともあなたはそう思っています。そうでしょ?
そうしてみると面白いことがおきます。
先ず慌てなくなるのです。
人は次にはこれ。その次にはあれ。と云っていつも先を考えています。
それも先のある特定の物事にフォーカスしてその間をワープして生きている。そんな脳ミソになっています。
そしてその重要と思う物事と物事の間は全然意識されません。
時間を吹っ飛ばしてそんなことしたって・・・
そうやった果てにはなにがある。
・・・究極的には死ぬだけです。
つまりそういう生き方をしているとトータルに生きてはいないことになるのです。
とってもつまらない生き方です。
これって映画でいえば本編ではなく予告編かあらすじのような生き方です。そう思いませんか?
私たちは長いこと生きてきて一体どれだけの体験を覚えていますか?
振り返ってみればほとんどが夢のようなものでその間にインパクトがある出来事が処々に思い出されるだけではないでしょうか。
比べ物にならない膨大な時間が記憶されていないのです。
金剛般若経的に言うなら「過去心不可得」です。
一瞬一瞬を精一杯生きる!という言葉がありますがそういう力みは続きません。そういうことをいいたいのじゃない。
それは「今こそ大事なんだ!」という力みの連続だからです。
その力みはいりません。
力まなくていい。力むは力まないの対語です。
つまり力まないがないと力めない。
そういう区別を止めることです。
みんな同じ貴方の人生、貴方の時間です。
そういう貴方も後100年後にはいない。勿論わたしも。
真実、時間こそが「あなた」なのです。
 
そうではありませんか・・・?