金翅鳥院のブログ

天台寺門宗非法人の祈祷寺院です。

易の話を聴きに行きました。

今日は広尾で「占いではない易」の御話でした、
「義理易」というものらしい。
今日はほんのさわりでしたが実に面白かった。
来られていた方々も11人ですがそうそうたる人ばかりのようです。
・・・私を除くとですけど(笑)

占いではないといっても、私からいわせれば、要は意識の上に登る登らないの違いだと思います。
普通は登らないから筮竹でじゃらじゃらやるけど潜在意識は知っているわけです。
どうしたらいいかを。

それが話を聞くだけで臨機応変にできたらすごいですね。
そうなれば意識下に潜っているわからない部分が無いので玄学や術数ではないけどそれ以上だと思います。
占いも達人になるほど占う部分は少なくなる。何んにもしないで御話するだけで十分来訪者はヒントを掴んで帰れます。
「黙って座ればぴたりと・・・」というのはそういうことでしょう。
来年から少し勉強してみたいテーマです。

その中で「時中」という話が出ました。時にあたるということ。
ようするに占いでいうなら「占機」ということですね。
イムリーといってもいいかも。
何事も時という概念が大事なようです。
ですから易は空間よりも時間の哲学ですね。
今、何をしたらいいのか?何をしては良くないのか?
そういうことですね。