金翅鳥院のブログ

天台寺門宗非法人の祈祷寺院です。

歓喜天除却七星九曜乃至悪星真言

聖天様の「除却七星九曜乃至悪星真言」というのがあります。
普通は妙見尊星で祈る星の御祈祷ですが初めて使うので、まず親族の御祈願でこれを使ってみています。
どうもこの真言自体は短いのですが、これはひょっとすると・・・カーリー女神に関係あるのかもしれません。
真言に名前らしきものが出ているので、勿論サンスクリットに明るいわけじゃないドシロウトですから大間違いの可能性も大です。
ただ、カーリー女神は聖天様の母親ウマ―妃の忿怒形ですから聖天様には関係ないとは言えません。
聖天様自体は窕誓伝にあるように星を眷属としますからあながち除宿曜難の誓願が無くはない。
また「ナンジケイジバラ天支輪経」にも星宿を支配する尊の一面を見せています。
「なんじけいしばら」は即ちナンディケーイシヴァラで歓喜自在天の意味ですからつまりは歓喜天の事ですね。金光明
最勝王経の「諸天夜叉護持品」にも「歓喜」という名で登場します。
さてこの真言、効果はどの程度であるのかまだわかりませんが・・・。
そういうと不遜ですがインドのタントリックではこのマントラは「今はもう死んでいる」とか、「いいや今もって使える」という判断をするらしい。
そうタントリックの弟子から聞きました。
不遜というのではなく真言を「生き物」のように思っている。
真言は生き物で生きているからこそパワフルなんですね。
でも、生き物だから死にもしますわな。これは仕方ない。
一方で生まれても来るわけです。前に紹介した超能力者のコバヤシ先生なんてインドだかネパールだかでその先生のマントラができてしまった位、尊敬されている。十年以上寝たきりの病の御姫様が治ってしまうからそういうことがおきる。
想像上の神様とか哲学的なイデアとしての神とかじゃなく現実に目の前に威力を発揮してこそ神なんでしょうね。
そうなりゃ相手が人間だろうが大蛇だろうが大木、岩でも神なんですね。
それが神の原点的姿でもあるのだと思いますし、それが正しいとも思う。
逆に言えばつくられつつあるマントラもあるんですね。
日本の頭の固い原理主義では考えられないでしょうけどインドあたりではそういうものらしい。(わたしは人間がいい加減にできているのか、原理主義は嫌いでそういうのは平気。というより好きです。勿論、何でもござれはダメですけどね。)
そのヒンドゥータントリックの彼が以前に薬師仏真言タントリックの師匠に聞いてもらったら、「これはとっても強烈だ!」と驚いていわれていたそうです。
真言によってそういうのがあるんだな・・・と私も色々な真言を拝んでいてなんとなくですが時々感じますね。