金翅鳥院のブログ

天台寺門宗非法人の祈祷寺院です。

念を送られる人々2 霊的冷戦?


此れも大昔の話

割と敏感な人が二人。ちょっとした誤解で、お互いをライバル視するようなことが…。仮にAさんとB⁻さんとしましょう
そのうちAさんが「先生、大変です。Bさんが私に悪念波を送っているんです!」
「え、なんだってそんなこというの?」
「だって・・・お参りしていると神棚にBさんが現れて、睨んでいるのが見えるんです。本当なんです。」
まあ、ふたりとも敏感な人ではあるけど・・・

ややあって今度はBさんからも連絡が。
「大変です。拝んでいると…Aさんの姿が見えて、じっと私をにらむんです!きっと恨んでいるんです。」

昔スタンリーキューブリックの「博士の異常な愛情」というモノクロ映画がありました。とても面白いので一見の価値ありです。
そのころは冷戦時代です。キューバ危機をきっかけにできた映画のようです。
それは米ソの二大陣営がちょっとした行き違いで、お互いが核攻撃を仕掛けたと勘違いして核弾頭を撃ち合い世界を滅ぼしてしまう判断をする皮肉な映画。
ホットラインではお互い笑いながら「誤解だよね」と話しながら、核攻撃を命じる両国のトップ。

これと同じようなもの。これ、念の冷戦です。
本当はそんなことはないのに、「あいつきっと私を呪っているな!」という奴です。
それでお互いミサイル発射。
中途半端に敏感な、かつマイナス傾向にものを考えがちな人同士ではよくある構図。ハッキリ言えば被害妄想です。
此れだから中途半端にそういうのが強い人は困ります。
普通のケースと違い受信者、発信者ともに敏感だと実害も出てくるので厄介です。
素人同士でしているうちはいいけど、そこに加えて専門家が加担して「先生、相手が呪ってきました。やられない前に報復したいんです。お願いします。」なんて言われて即、事態を確かめもしないで祈っちゃうバカな行者さん。
どこかにいるかもね。
「わかりました。早速、調伏します。任せなさい。」
なんていうのは、ありもしない敵の攻撃に核弾頭発射するようなもの。

国際問題でも個人でも、こういう時はまず先に対話と鎮静化ですわな。

ここで大事なのはお二人とも拝んでいるときに相手の念を見つけている。
勤行はしっかりやれば、ある程度、変性意識状態になるので、その間はそういうものに敏感になるでしょう。
受信も発信も。
良くないものにも加持感応するということ。
からしっかり本尊様見つめて、仏戒を意識して…というのが大事なんですね。
当たり前だけど悪いことは祈っちゃ駄目です。
腹が立ったまま祈ると呪いに成っちゃう。
大概はそんなのよほどやらないとね、相手には実害まではないけど、それでも自分には害はあります。
本当に守護神なんかがその人にあれば、こういう時には逆に自分がいさめられます。
彼らは忠告して聞かないと実力行使もしますからね。ありがたいというか怖いというか。
そういう時イケイケどんどんになってしまうのはそうい守護神のがいない証拠。
特に行者の場合は本当の霊的攻撃になることがあるから、腹が立っても懺悔して、怒ったままの心で祈ってはいけないと師匠は厳しくいわれました。

でもまれに修練しない在家の人でも生まれつき強烈な念の持ち主はいますね。
そういう在家さんの場合でも勤行でまず懺悔文と三帰戒、十善戒なんか意識して唱えておくことは、そういう意味でいえば怨念ミサイルの安全装置なんです。