金翅鳥院のブログ

天台寺門宗非法人の祈祷寺院です。

カンバスに絵を描くように


ここに一枚のカンバスがあり、絵の具があります。
人生がそのカンバスだとするならあなたはどんな絵をかきますか?


私の知っていたある女性ドクターがいました
年齢的にはどうでしょう。上だか下だか聞いたことないけど私と大して差はないかも。
その方は去年若くしてん亡くなったと聞きました。
昔治療していただいた方でもあります。

この方は大変秀才で大学院まで出て勿論、医学博士ですが、とかく世間でよくある「女がそこまでやるのか」というような様々なバッシングにも会いながら、ご本人は恋愛らしい恋愛もせずひたすら学究的に生きてきた。
でも、明るく楽しい人で別にとっつき悪い本の虫とかじゃないんですね。

同じようにドクターだったお父上が早くに亡くなり、とても尊敬していた。
そんな女性によくあるんですが男性の中にお父さんを探してしまう。

それで彼女もある日、電車の中でばったりそういう人に会って好きになってしまいました。
もう好きで好きで…それで本当の話をして、もう頼み込んで一緒の屋根の下にまで住んでもらった。
別に先方は関心ないんですね。でも頼んでまでそうしてもらった。
かなり特殊なことですが。
私が知っているのはここまで・・・。
「最近はだんだん彼も慣れてくると横柄で怒鳴ることもあるんです…」とちょっと困ったように笑って言っていた。
これって先行くは…どんなもんだろうな…と思っていた。
猫好きで信仰家でもあったけど…別に信者さんではないんで。ご祈祷何度かしたけど、医療的ご縁がなくなったら、そのままだんだん疎遠になった。
それから10年以上・・・
その方が若くして亡くなった。
そんな話を去年聞きました..。
母上もお医者様ですが施設にいるらしい。くだんの男性はどうなったか判るわけもない。
彼女の人生ははこれでよかったのかな・・・?どうなんだろ?
勿論結果的に思いに任せぬことは多いだろうけど、それはだれしも同じこと。でも自分の生き方としてはこれでよかったのかな。

それはわからないんです。私には判断できない。
勿論、誰にもできないと思う。
            なぜなら、きっと正解なんてないから。

幸せだった?そうともいえる。
不幸だった?そうかもしれない。
判らない。
多分、本人も。
人生の良し悪しなんて自分がどう思うかつけた時につくだけ。
それもそんなのつけなくたって、つけたって同じようにさえ思います。
良いっちゃ良い。悪いっちゃ悪い。
それも亡くなってしまえばいいも悪いもない。
でもほとんどの人そうなんじゃないのかな。

私のような他人ができることは「ご苦労様でした。」とその人の人生に手を合わせ敬意をし示すことだけ。

そして、ただ言えるのはそこには彼女の人生という一枚の絵があるというだけのこと。それだけ。
この年になると知っている人も少しは死んじゃったりしてきます。
どんな人生でも同じかな・・・・最近はそう思う。
問題はどんな絵でも結局自分の人生だということ。

どの絵がいいか悪いかなんて好みの問題かもしれないように人生の良しあしもそんなものだと思う。
そして自分という人生の絵は一枚の時というカンバスに描いていくもの。

かわりはないよね。人生のカンバスに描く絵には

さあ、皆さんはどんな絵を描いていきますか?
      思うことは一つだけ。
いいも悪いもないから描きたい絵を描くことだけが大事なのでは?ということ。
それだけです。