金翅鳥院のブログ

天台寺門宗非法人の祈祷寺院です。

行者の死に方


最近弟子から「先生、猫が全部死なないうちは死なないでくださいね!」なんて言われて「この無礼者めが!貴様のほうが先にくたばるわ!」と思う けど・・・                                          
ウ~ン でも 、確かにこの子たちおいては死ねないわなあ。

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話は変わるけど自分の写真ってめったに撮らない。あんまり好きじゃないね。
だからどこか行っても写真から自分は外します。邪魔なんです。
なぜかというとですね…その時の自分の目には、当然自分自身は映ってていないので思い出が不自然になるような気がするんですね。
この感覚変わってますか?

今日どうしてもあることで必要なので自分の写真撮ってみた。
「ヒャ~ふけたわ!」
当たり前だわな。もう今度で61歳ですから。でも久しぶりに見ると一体誰?この爺さんって感じ。知らんな。(笑)

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まあ、猫はあと十年以上は生きるだろうから私のそのくらいは生きないとね。
私の師匠は70歳で早く亡くなったけどきれいにさっと亡くなりました。
確かに少し早いけど行者としてはいい死に方だなあ…と思うのです。
前の日まで皆と仏具磨きしていて「ありがとうね。さようなら。」といってその日の夜中にひっそりと旅だった。
行者はかくありたいものです。
私の尊敬するある行者さんが病気した。誰も見舞いに来るなという。
そういう姿は人に見せちゃいけない・・・みせたくない・・ということらしい。
なるほど、行者はそんなもんですね。その気持ちわかります。

みんなに見守られて看病されてなんてかっこ悪いやね。
やなこった。