金翅鳥院のブログ

天台寺門宗非法人の祈祷寺院です。

いい人にはなりたくないね

「先生は本当にやさしい人なんですね。」と昨日言われました。
「なんで?」
「だって人(縁を)切らないじゃないですか。」

でもね…本当はそうじゃないんですね。
ビシバシ切っていくのもいいけど、結局それって人を見る目がなかったってことでしょ。
それ結局、己れ自身のハジです。見識がない証拠です。
そう思われるのが嫌なだけ、大部分が体裁です。
とはいえ人もみる目が曇っている私は今までずいぶんそれで恥かいてきました。人さまにまで迷惑もかけた。恥多き人生です。
飯縄様ですか?飯縄様そんなのいちいち言わないですね。
おそらく「そのくらいわからぬか?たわけが、」ってなもんですね。
ドエライことになってもおそらく笑ってみています。
実際の守護神ってそんなんだと思う。
幼児に余計な手助けする過保護な親みたいのじゃないですよ。

だから敷居は高くしてある。いろんな祈祷の依頼だの修行したいとかも外部から来るけど、気にいらない内容はほとんど断っています。
でもね、敷居は高いけどそこも中にいれてしまったら、どんなんでもその人は面倒は見なきゃなあ・・とは一応は思っています。

これは実は今の長吏猊下の影響なんですね。
「ダメな奴、極端に言えば、ダメ弟子でも、たとえ破門しても、面倒は見ないといけない奴もおる。そういうものは離れていてもどこかで見守ることが必要。全く知らんふりはいけない。」といわれる。
長吏様は直接の師匠ではないけど若い頃よりずっとお教えを頂いてきました。
これを守らなきゃ・・・と思っているだけです。
むろん全部許すとかでは全くない。むしろ厳しいし、きついこと、ひどいことも平気で言う。出て行け!ともいう。実際追い出しもする。
服装がダメだから着替えてでなおせとかも言う。寺にクルスのアクセサリーなんかつけてくりゃ外させます。(キリシタンは信仰ですから別です。)
いちいちうるさく言う。
でもいったん縁に触れたら厳しく扱い、所業によっては許さなくてもいいからそっちを見ていることだけは必要なんだというのです。

結構しんどいですよ。これは。

というわけで本当の私は無責任で冷たい人間なんですね。
この上恥の上塗りにならなきゃいいと思っているだけ。
特に慣れなれしく、べたべたするのは大っ嫌いです。
場合によってはああ、この人はどっかにいって消えてくれればいいのに・・・とかも思う。
私って本当はそんなですよ。
どこが優しい人ですか?
だから「いい人ですね~。」なんて言われればムシズが走ります。
しかも「いい人」って本当はたいてい相手にとってただ「都合のいい」人ですからね。