金翅鳥院のブログ

天台寺門宗非法人の祈祷寺院です。

謝るということ


もう30年も昔ですが、あることで信者さんが無礼な発言があったので「謝りなさい。」と言ったら「謝るなんていつでもできますからね。今度気が向いたら」と言ったので、即日出入り禁止にした人がいました。
「出入り禁止にするなら代わりの道場紹介しろ」というので「どういって紹介するんです。うちじゃ見限った非常識な人間がいるのでお宅で見てくれというのか。ふざけんな。」と言ってやった。
まあ、若気の至りといえばそうかも。
だいぶたって後日なんだかで礼状みたいのが来たけど返事もしなかった。
謝るというのは相手があっての事。こういうあまりにバカなこと言う人に会うと言葉を失うね。
なんだか「先生に甘えていたんです。私・・」とか誰かに言ってたそうですが、甘えるのは犬や猫で沢山。
甘ったれた人間の世話なんかまっぴら御免です。
お寺にあるのは信徒と住職の関係。それ以外ない。
友達でも恋人でもないよ。
勘違いはメ―ワクです。

あることで「顔も見たくないので、謝りに来るには及ばん。二度と面出すな!」と言ったら本当に来ない人もいる。わび状も。
ま、悪いと思っていないんでしょうね。

先日もあるトラブルで注意したらその人は「次回、先方に今度会ったら謝ります」と言っていた。
本当に謝るべきだと思うなら、相手のことを考えてたらすぐに謝るべきですがこの人も見えてないね。
営業的なお詫びが身に着いた人ですね。

それ聞いたので「ああ、別に謝んなくてもいいでしょう。私は別に謝れとは言わないよ。自分の気持ちなので。」と言っといた。
ま、そんなものでしょ。やれやれ。