昔、弟子仲間でつまらない冗談を師匠に言ったものがありました。
師匠がたしなめると「冗談ですよ。」といった。
すると師匠は「冗談でも心にないことは出ない。」と答えました。
この時はこの人は心底怖いと思った。
またこうもいいました。
「人に冗談とわからない物言いは冗談とは言えない。」
「よく世間で冗談ですよ、嫌だなあ、本気にして…」などと人をバカにしてからかい嫌な思いをさせる人もいますが、そういう人にはこの一言憶えておいて言ってやるといいでしょうね。
これも古い話ですがある信者さんが「私、最近目がかすむんです。
先生、どうかしっかり拝んでください。私、たとえ代わりに手足の一、二本がなくなったって目だけは…」というと
師匠は遮って、「そんなこと言ってはいけない。聖天様はその話、本気にすると手足でも持っていくから。」と真顔でたしなめていいました。
私たち弟子には日ごろから「あんたがたが口にすることは全て聖天様にはきかれていると思いなさい。」と教えました。
つまり口にすることを厳しく注意した。
よく考えればそれはそうでしょう。
日本の神祇でも一言主の大神という方がいる。
「我は良きことも一言、悪しきことも一言」といわれるこの神様は私たちの発する言葉はそのまま「呪術」だということを教えてくださる方です。
日ごろ何をどう語るかで人生は作られていく。
「すべての災いは口よりいづる、」ということわざが韓国にはあるという。
我が国で言う「口は禍の門」と同じ。
アラブ社会では「魚とバカは口を開いたまま死ぬ。」というそうです。
日頃より言葉は慎重にしたいものです。