金翅鳥院のブログ

天台寺門宗非法人の祈祷寺院です。

33年たったら帰ってくる。

昨日は死の話をしました。
今はさほどに思わぬのですが・・・私は子どもの頃は逆に死ぬのが怖くて怖くてたまりませんでした。
だから落ちて死んでいる虫を見ても泣いていた。

子どもの頃は小さな生き物殺して遊んだりするけどそれが嫌でたまらかった。それをとめるほどの勇気もなかった。
だからなるべく友は作らまいとしました。休憩時間になると図書館にいって本を読んだ。

マトモな子供じゃないね。
でも「本当はそれが悪いとも言えないと思う。皆そうしないだけで・・・
逆にそれだけ死は怖いのは当然なことではないだろうか。
ただ、皆はそんな事忘れて生きる道を選んでいる。考えないように封印しているんだ。でも確実に死ぬんだ!」そう思っていた。
この認識が私の宗教への旅の出発でした。

そのうち中学生になって心霊学というものを知って大変い興味を持った。死後の世界、そういうものがあるなら知りたい!
そうなると霊を知らないといけない。
それで中学、高校と子供ながらに霊感を得ようと勝手な修行をした。
一番良かったのは宗教心理学研究所の本山博先生の小周天
勉強なんかしないでそんなことばかりしていた。私にとっては将来の入試も就職もそれに比べれば、どうでもいい小事でしかなかった。
教師から「そんなことばかりしていて何になる?」みたいなこと言われたけど私にしてみれば「少なくとも私にはあなたの教えていることなど、私の関心事に比べれば万分の一にも及ばぬつまらない事だ」と思っていた。

何より人間は死後どうなるのかが私の生き方を決定するうえでの急務であったのです。
この考え今でもさほどおかしいとも思いません。昔は仏教により死後の世界が提示され、なんとなく皆そうなんだくらいは思っていた。
いまはそれがないんです!
お坊さんでも死後の世界というと苦笑いして話題を避ける。
私は何故!?と不思議に思ったものです。

そうこうやっているうちに色々感覚が開けた。
ある日、夢に中でパアーッと光がさして大きな湖が見える。
湖の中に大きな鳥居が立っているんです。
そして声がする。
「私は諏訪の稲荷権現である。これより汝に霊力を授ける。」
そして机の上の分外などを指さすと宙に浮き、回転する。
まあ、いかにも心霊好きのバカな子供が,頭にになんかのぼって見そうな夢ですが・・・

でも実際にそれで色々な感覚が開けてきた。本山先生のお陰です。
最盛時にはコップを伏せた中の数ミリのアルミ箔を動かす位はできた。(今はできないでしょうね・・・たぶん)
予知もできた。

そのうち私は亡くなった師匠と出会い、聖天信仰を始めました。ところがそうしたらどんどんそういう霊能力はなくなっていくんです。

南大峰の奥がけで熊野本宮に行ったら完全に消失した。

師匠にそれを言うと「・・・いらないもんだから。邪魔だから権現さんがとったんだね。」といわれ次にしばらくして不思議なことを言われた。
「あんたにはズッといっしょに修行中の狐さんがいたんだよ。・・・それがよそへ修行に出た。あんたと別々だが修行にはいった。33年たったら戻る。だから彼が返ってこられるようしっかり修行するんだ。33年たって狐がアイツは駄目だ。行を怠けてるから、といわれんようにするんだね。」と言って笑った。

全く霊能はないと自分でもいう師匠が珍しいことを言うと思った。

でも師匠はときどき「ワシ、信者さんに、先生はこれこれこんなこと言ったけどそのとおりでしたと加時々言われるんだけど、・・・・それ知らないんや。聖天さんが代わりに言ってるらしい。」といわれていた。

最近この話思い出して・・・狐さんは私を見限らずに戻ってきてくれたのかな・・・?となんとなく思います。
33年後なんて考えも及ばなkったけど師の言ったことはやはり事実だったのか。と
狐さんとの出会いになったお諏訪さまは外宮に。別れの場となった熊野様は本堂にお祀りしております。