金翅鳥院のブログ

天台寺門宗非法人の祈祷寺院です。

悟りとは


悟りとは僭越ながら知的作業です。

空になるとか、中になるとか、宇宙即我と言ったことも同じ。
なるもならんもない。
もうなっている。
それはトンボもイワシもゾウもいっしょ。知る知らないの違い。
勿論、肉体のある有漏身なら仏も私たちも同じはず。
悟ったって別段肉体変化で三十二相や八十種好なんて顕現しやしないでしょう。
禅宗西蔵仏教などで長年の瞑想の結果、頭がとんがる人はいるらしいけど・・・
認識できる人間と天部と八部鬼神は知的作業ができるので悟りの可能性のある器。
その他の地上の生き物はそういう認識はむつかしいが本質は同じもんです。

だいぶ昔だけど「天台宗は色々お経があるけど・・・ホントは般若心経なんか読んでもダメ。法華経じゃないと中に成れないんです。」なんて説明してくれた人がいたけど「中になるとどうなるの?」と聞いたら「仏陀」になるんですという。
生噛りの一知半解とはこのことです。
逆らうとうるさいので「じゃあ、頑張って中になってください。私は頑張って仮になりますから。」といっておきました。
仏典でなくても何を読んででも悟る人は悟るし、万巻の経読んでもかえって毒になる人もいますしね。当の法華経にそう書いてある。