昨日の相談。
人のある不正がどうしても許せない。それで苦しんでいる。
職場の人のフェアでない行いが自分に被害はなくてもどうしても黙っていられない。
でもちょっと待ってください。
ややもすると・・・そういうのは自分の中にある同じ不正の部分に対する警告な場合なこともあるんです。
あるいは過去自分にも覚えがあるあやまちだったりして。
つまり、人を激しく攻めることで自分の行為に警鐘を鳴らすとともに、自分の中の不正を否定したい衝動かもしれません。
「私は○○をしません」
というより
「私は○○を絶対にしません!」
のほうが実はそのあやまち犯しやすいのです。
人の悪な部分をいち早く見つけたら自分のなかも同じ悪い部分がないか点検しましょう。
してしまうかもしれない・・・
だからこそ、あえて「絶対」とつけて激しく警鐘を鳴らす。
「絶対」は意外ともろい。