昨日未婚のお弟子さんや信者さんと少し結婚についてお話しました。
結婚しない人が増えているが、別段結婚したくないという人が増えているわけではないようです。
要するに理想の相手がいない。いても付き合えないとかそんな感じ。聞いてみるとお付き合いしたけど続かない。
原因は様々ですが一言で言って男女とも自由になったからでしょうね。
むかしは結婚しなきゃみっともないとか片輪だとか言われるという古い考えがあった。
だから適齢期になるとそれこそ手近なところにいる二人で良かった。周りの自然とそういう風に思うのが社会の通念でした。
村では良く知る太郎さんと花子さんがいればそれはもうカップルということだった。
本人も親も周囲もなんとなーくそう思って・・・なんとなーく結婚という地域もあった。
だけど今は違う。理想の相手を見つけにその気にさえなるなら女性だって外国の果てまで行ける時代になった。
そうでなくとも手近なところでいい・・・という時代じゃない。
単純な話、選択の幅が広がれば広がるほど選択は出来なくなるという法則がある。
その上今まだ見ぬ人も可能性に入れてしまうと幅は無限大。
「もっといい人が…」と思ううちに誰もいなくなるというのよく聞く。
要するに決意と選択ができない。
この傾向は結婚しても変わらない。
せっかくゴールインしてもお互いがうまくいかないと、またもっと他に本当の相手がいるような錯覚を起こす。
それでまたぞろやりなおす。これじゃ落ち着かないよね。
子供でもいれば親のそういう気持ちに振り回される被害者になりかねない。
まあ良いことじゃないけど、「離婚」はしてはならないこととは言わない。
結婚してもしなくても人の自由です。わたしもしていませんし。
でもしたいなら昔からいいふるされているこの言葉を送ります。
「結婚は妥協の産物」
そして家庭は我慢によって成り立つ。
家のなかでころがってる腹の出ただらしないオッサンや、なにかとやかましく小言をいう白髪のオバハン見ながら「なんでこの人と結婚したんたんだろう・・・。」と言いながらなかばアキラメて生きていくのが家庭円満の現実というものかもしれませんよ。(笑)
だから、いい年してジャニーズのおっかけしてる主婦がいてもいい。
理想は舞台の上にそして現実は家にころがっています。
それでよけりゃめでたしめでたし。