私の師は素直と正直を第一と考えていました。
素直は柔和
正直は質直で「柔和質直なるものはすなわち皆我が身にまみえん。」という法華経の言葉を重んじていたからです。
江戸時代、滋賀県には近江聖人と言われた中江藤樹と言う儒学者がいました。
陽明学をした人です。陽明学は朱子学に対抗して出てき明代の儒学の一派です。
朱子学に比べ人の内面に重きを置く教えです。
中江藤樹は「正義・正直を生きることが人生の目的」としています。
ある武士が近江の国を旅していたそうです。そうしたらひょっとしたことから馬の背にお金を括り付けて遁走させてしまった。
大いに困り果てていたら、馬子がそのお金をもって武士の元に返しに来たそうです。
昔のことですから馬方などは酒やばくちに費やしてそ知らぬふりをしても仕方ない。そういう時代のおはなしです。武士は大いに感激して馬子に礼金をしようとすると、馬子は「それはいただけません」と固く断ったそうです。
正直な馬子の心根にいたく感心した武士が、その仔細を聞くと、そのゆえんは馬子の住む村では百姓・馬方に至るまで身分のいかんにかかわらず中江藤樹の教えがゆきわたり皆が学んでいたからだそうです。
おおいに感激した武士は直ちに中江藤樹の門をたたき弟子入りしたと言います。
正直ということを措いて人の信用はあり得ません。
私ももし身近に人を措くようなことが必要ならなによりも正直な人を第一とします。
人物に裏表があればいかに優れていても即座に遠ざけます。
結局正直は自分を助ける道なのです。
中江藤樹先生はなんと41歳でなくなっています。20代から30代で活躍したのでしょう。
若いうちから人生に大きな悟りを得られ人を導いた。まことの聖人です。
大人物です。
もう一つ驚くのは当時決して収入も身分も高くない馬子のような人も学問していたことです。
江戸時代の町人は識字率も高く、教養もあったと言います。
それは決して豊かになったから趣味としてしたことではなく、人として学問すべきと言う認識があったからでしょう。
日本は偉大な国です。正確には偉大な国だったというべきでしょうか。
現今、豊かの極みのような人でも社会的ステータスの高い人でも、この馬子に比べるのも恥ずかしい人はたくさんいますね。
陽明学の生まれた中国も偉大な先人の哲学も教えも共産党が文革で焼き捨ててから無明の国になり果ててしまった。
実に残念だと思います。