醍醐の通じて一切の病を治するが如く
総持の妙薬もよく一切の重罪を消し
速やかに無明の株杌を抜く
(弘法大師)
※株杌は根のついた切株のこと
滅罪会は真言念誦と懺悔の功徳をもって、自縄自縛をほどいていくものです。自分のはからいを超えています。
仏教では意図を大切にします。ただ漫然と真言の唱えても当然功徳はあるのですが、ある程度焦点をあてると働きが早いのです。
冒頭の弘法大師のお言葉にあるように、真言陀羅尼の念誦は、薬を飲んだり塗ったりするようなものです。用途がはっきりしていれば効果は適切に現れます。
滅罪会の修行法の滅罪観念はそこを目的としています。だから「真言念誦の功徳をもって~~」と唱えるのです。
〇〇を許せる自信がないとメールをもらうことがありますか、それでいいんです。
真言を唱える功徳と仏様のお力で、いずれ、いつの間にかほどけていくものなのです。
自分の努力は、気負わずただ拝むことです。
【滅罪会の感想をいただきました】
大森義成先生
先生、有り難うございました。
真言念誦、お経を読む、を続けていると
種が芽吹くように、ある時にふっと自分の変化に気づくようになりました。
そんな時は御真言やお経のありがたさを実感します。
気負わず、投げ出さず、続けていきたいと思います。
先生、お忙しい時に申し訳ありません。
本当に有り難うございました。