金翅鳥院のブログ

天台寺門宗非法人の祈祷寺院です。

守護霊欲しい

かなり以前ですが「そちらで守護霊様をつけてくださいますか?」と言う奇天烈な電話をもらったことがある。

こういう電話は一時頻発しました。

だれかそういう商売してたんだね。

「そういうことしていません。」と言うと「できないのですか?」と言う。

「できません。」

「・・・誰か知っている先生でできる人いますか?」

「知りません。まともな人でそんなこと言う人はいないですね。」

聞けばどこだかで守護霊様をつけていると聞きそこに行きたい・・・でもお礼金がとても高いので無理だという。で、安そうな行者さん探してるわけですね。

「なんで守護霊もちたいの?」

「幸せになりたいんで・・・」

「へ~、守護霊もつと幸せになるんですか?」

「違うんですか?」

こういう人はたちまちに幸せにしてくれる幸福の神様みたいのしか思っていないから説明しても無駄です。守護霊なんてその人を鍛える鬼の指導教官みたいなもので容赦なく大変な目に合わせます。それも私的な目的ではつかない。

でもこの人は守護霊さえくれば幸運になれるという考え以外はあたまにないようでした。

人は自分に都合のいい思い込みを持つんだね。

そうすればいろんなことはすべて一挙解決。だからあとは守護霊を安くつけてくれる人見つければいい。そういう計算式ができてしまっている。

 

「いっそ、守護霊なんて持たないで守護神にしたら」

「え、無理ですよ。守護神様はもっとお高いんです!」笑えるね。

「そんなことない、守護神は無料ですよ。」

「エ?!」

「好きなご本尊のところへ行って終生お守りくださいといえばいいのだから」

「そんなので守護神つくのですか?」

「仏教には衆生無辺誓願度と言ってどの神仏でも仏教系なら衆生・つまりどこのどなたでも頼めばこれをお救いするという誓いを自らたててるんです。そういう誓いがないものは神仏とは言わない。」

「神社でも本々神仏習合してたとこなら同じ。○○明神や○○権現は同じですよ。」

 迷うなら便法でいわゆる干支のご本尊だって全然かまわない。

「酉年ならお不動さん」とか言うあれですね。

なんか相手の方は「エーッツ…?」と言う感じで、それでも、なおだれか守護神つけてくれる先生いないか?みたいにいうので「そういう人は誰もしりません。」といってそれで電話を置きました。

 人の話を聞く気のない人と話すのは無駄ですから。

 

これは事実です。守護神が欲しければ「守り神になって私をお守りください。」といえばいい。

皆、個別の小さな祈願しか言わないから・・・

そういうのしか聞いてもらえないと思ってるんだね。欲がないんだね。

でもそういったらこっちも守ってもらえるよう真摯なお参りをずうっとかかさないのは当然ですよ。