金翅鳥院のブログ

天台寺門宗非法人の祈祷寺院です。

言葉の意味がわざと曲げられる恐ろしさ

ある話を伺い言葉狩りがここまで進んでいるとは驚きあきれた。

ある業界の人が「片手落ち」という言葉を使ったために差別用語を使ったといわれ、事実上業界から追放されたという話を聞いた。

 

「片手落ち」とは勿論手を失った人のことではない。

 

手落ちは手抜かりと同じで肉体の手ではない。他にも手を打つ、手が早い、いい手だなどという言葉と同類だ。

仕事や手段の意味である。

つまり両者のうち一方に不当な手抜きがある不平等な扱いのこと。

有体にいうなら「差別待遇」のことだ。

どんな場面で言われたのか知らないが話の前後でわかるはずだ。

 

そこまで無教養なバカばかりと思うのは不自然だ。

 まるで何かしら因縁をつけて標的の人を連行したナチの特高警察や中共の秘密警察みたいにすら感じる。

多分知っていて因縁をつけたのだろうね。

徳川家康が方広寺の鐘が自分を呪う文が記されていると因縁つけてと豊臣家相手に戦端をひらいたのに似てる。

なぜ、ここまで言葉狩りが激しいのか。

誰がしているのか。

なんかそういうことして因縁をつけ得しようとする人間がいるのかもしれない。

わざと言葉の意味を曲げて因縁つけるものに謝る必要など微塵もない。

これこそイジメだ。そして国語の破壊者だ。

 

むかし、文章を頼まれて「障害者の害という字の漢字は差別的なのでひらがな表記にしていいですか」という通達をもらった。

障害者の害のどこが差別なのだろう。だったら障りという字はどうなのだ。

まったく訳が分からない。

私はそう思わない。そんな風に表記するのは気に入らない、それならもう止めだ。

私自身がそういうナンセンスな配慮をしていると思われたくない。

私は下りるからその原稿は字を変えては使わないでくれと言った覚えがある。

何でもない言葉を勝手に「差別用語」に塗り替えていく。

これこそ不当な差別的暴挙以外のなにものでもない。断じて迎合しない。