瀬戸内寂聴さんが亡くなった。
この方は僧侶だがお話聞くと死後の存在なんていうのはないという。
里見弴さん(小説家 雑誌『白樺』創刊に参加。人情の機微を描く心理描写と会話の巧妙を発揮して、高い評価を受け、晩年まで長く活躍した。日本芸術院会員。文化勲章受章。)とか偉い文化人や知識人にいっぱい囲まれたいたからそのせいかな。
とりわけ「死後は無」という里見弴さんの言葉が強く響いたようです。
私的に思うのは仏教より里見先生だったわけですね。
一個の思想家ではあったかもしれません。だが結局宗教家ではなく小説家だったんでしょう。
さっぱりと「死後は無である」と言い切る。
むしろそういうところが現代人に支持されたのかもしれません。
私は死後を信じております。
むろん信じているだけです。
科学的にどうあれそんなことはどうでもいい。信仰ですので。
そういう影響されるような偉大な文化人、知識人が身近にいないし、私自身も無教養で迷信深い一介の祈祷僧であります。
だがそれでつくづくよかったと思う。
甚だ失礼ながらそこは大徳と違って私の幸いと思っています。
大徳なにはともあれお疲れさまでした。
愚婦愚民の戯言とお思いでしょうが死後なんてないと思い込んでると迷うと言いますから・・
死後迷われませんように謹んで冥福をお祈りもうしあげます。合掌。