大乗仏教は「上求菩提 下化衆生」といいます。
悟りを求めながら衆生を救う。
こういう前提ですが、衆生を救うと言っても我もまた救われるべき苦界の衆生であることは変わらないのです。
自分の頭の蠅すらも追えないのに生意気だ…とはよく聞きますが
誰も実は自分の頭の蠅は追えないものです。
だからハエは追いあう。助け合う。
助けもすれば助けられもしようというのが菩薩道だと思います。
何か助けられては負い目があるように思って拒否する人もいますがそれは違うのではないか。
裏を返せばそういう人は助けたことを特別な貸しとして考えたい人でしょう。
助ける助けられるとはもっと自然なことです。
強い人になって弱い人の味方をするというのは真の菩薩道からすればいささか偏っているように思います。
お金のない人でもできる無財の七施というのもあるくらいです。
そういうエリートや超人にならないとできないのが菩薩道ではないでしょうから。
人が助け合うのは本来の姿であり、そこに弱いも強いもないのではなかろうか。
どちら様もおかげ様、お互い様です。