金翅鳥院のブログ

天台寺門宗非法人の祈祷寺院です。

謙虚さこそ

今日。車の中でどんな人が「行者」つまり拝むことで生きていく人に向くのかという話。

そういう行者の資質の話。

 

物知り、如才ない、仏教に詳しい。

素質とは考えない。

しばしば、そこを取り違えるとお経が達者に読める。仏教用語に堪能などということを資質と取り違る。

大変結構ではあるがそういう能力や学問知識的なことは後からでも訓練次第だと考えるからだ。つまり後から勉強すれば済む。勿論、勉強する心があればだが、

それだけのことだ。

 

一番大事なのは謙虚と正直。

特に謙虚さのないのは致命的だ。

いかに知的で物知りでもそれは問題外。むしろ、だからこそ難しい。

学問みたいに学んで身につくものとは違う。

 

信仰とは謙虚の上にこそあると思います。

時々喋々としゃべる知識豊かな物知りさんも来るが「私は学問というほどのものはなんにもないんですよ。申し訳ないけど聞くだけ無駄。識者の本でも読めば?」と言っている。

実際本当にそうだから仕方ない。(笑)

でも学者は無理でも、頭脳明晰でなくても…拝むことはできます。

こんな風だから私も初めから人の知識の有無は問わない。