三井寺の講習会、昔私が出てた頃だから大昔。
そのころは木造の観音堂の庫裏で開催していた。盛夏にわずか1週間のことであったが勿論何十畳もの古い建築なのでクーラーなどは存在しない。随所に扇風機がぶんぶん回ってそれで過ごしていた。
最終日のお昼に福家俊明長吏がおいでになって、講習生に「今回の講習はこれで終わりますが、何か要望か、感想がありますか。」といわれた。
その折ある女性が「なぜ、ここは水洗トイレじゃないのでしょうか?変えていただきたい。」といった。
この時、長吏は「あなた、中国にいってみなさい。トイレに扉もない処すら少なくない。そのような贅沢はいってはならない!」と強くお叱りになった。
修行にきて不便をかこつ。
これは現代人でありがちだが旅館や避暑地のリゾートでで企業研修や趣味のセミナーに来ているわけでない。
また不自由な生活をするという経験はとても大事だ。
戦前の比叡山の加行などは食べるものがろくにないので、途中からは断食でしたという話も山の修行院で聞いた。
今はどうしているか知らないが当時は護摩行などは木の株をに墨を塗り鉈を振るい、なず護摩木を作ることから始めた。
大福生寺でもそれが日課であった。
買ってきて措いてあるわけではない。(なんという贅沢!)
「摩訶止観」などには、なるべく寒暖の差を無くして修行せよというが、隋代にいう人影を絶した(摩訶止観は修行の地は人里を何十里も離れよとある)中国深山の整えるべき寒暖の差と今の生活における寒暖の差は同じでないのは言うまでもないことだ。
同じように何十人も来ているのに風呂が小さいと文句を言った人もいたがこれも「口を慎みなさい。」と言われた。
当たり前だ。