金翅鳥院のブログ

天台寺門宗非法人の祈祷寺院です。

それを「手立て」と考えず「心」と考える

わが師は私がお四国の遍路に行くときにあたり、霊場の境内の小さな祠も見逃さず、きっちり拝めといわれた。

そしてこの心は遍路でなくとも同じだと思った。

でどこかの霊場にお参りしたらなるべく鎮守さんや眷属さんの小さな祠も拝むようにしています。

何故なのか?

人の家に行ったら主人に用があっても家人と会えば挨拶しておくのが当たり前だからです。

向こうはやってきて挨拶はしない。

だからこっちで行くのだと。

祈願をスムーズにする一つの道だ。

ただこれは「手立て」と考えず「心」と考えたらいいと思う。

手だてと考えればそれでおしまい。

心と考えれば応用無限。

私はよその霊場といえば「豊川稲荷さま」に行きますがなるべくくまなく回る。

特に「狐塚」には必ず寄ってご眷属の労をねぎらいます。

よその会社を訪問して従業員の皆さんにも挨拶するようなもの。