どちらも仏の姿だ。
ただ香合仏にはその人の「お守り」としての功徳が中心だ。
ゆえに懐中仏ともいう。
基本的に勧請主以外の他人に貸したりするものではない。
せいぜい家族までだろう。
これに対して寺院の仏像は不特定多数の祈願や守護を対象にしている。
だからどこの誰が祈って悪いということもなければ、誰かのために祈ってもは祈れないものではない。
姿は同じだが、その違いは開眼時の祈りにある。
どちらも仏の姿だ。
ただ香合仏にはその人の「お守り」としての功徳が中心だ。
ゆえに懐中仏ともいう。
基本的に勧請主以外の他人に貸したりするものではない。
せいぜい家族までだろう。
これに対して寺院の仏像は不特定多数の祈願や守護を対象にしている。
だからどこの誰が祈って悪いということもなければ、誰かのために祈ってもは祈れないものではない。
姿は同じだが、その違いは開眼時の祈りにある。