昨日は師匠や弟子仲間、責任役員など世話になった寺院関係の方々にお別れのあいさつしてまわった。
夕べには住居を二か月にわたって提供してくださった福祉法人を所有するお施主様と会食。
そこで私亡き後の飯縄山の道場の行く末についてもお願いしてみた。
最終的には死ぬ前にどこかに寄付しようと思っているからだ。
母の描いた絵画についてもお願いした。
絵はなんとかもらってもらえそうだが、建物はいやいや、とんでもない。後継の方がいるでしょうといわれたが・・・。
残念ながら後継者はいない。
最近はもういなくてよい
ないものと思うようになった。
三十年間 徒弟の養成に尽力し。一生懸命やってきたつもりだが、まあ、そこはそういう縁や徳分がなかったのだから是非もないと思う。
家もないのだからそこはいまのうちに売ってしまうという手もあるが母がせっかく建てたものだからできることなら無償で提供しても残したい。
田阪師も名古屋にいるうちにいずこかに道場を見つけて独立してほしいと思っている。
関東に帰れるか否かはわからないが、いずれにしてもどこにいくにもこの身一つで行くつもりでいる。
行く先々で新たな人々とのよき出会いもないとは思わないからそこは不安ばかりではない。
しかし、そうなると私自身は自動車も運転できないから街中でないと鎌倉市の金翅鳥院のような里山では不便だ。
いままでのようにウグイスや野生のフクロウやキジが鳴き、裏山にリスがいるような自然は好きだがそこは諦めることとなる。
都会の物件は値が張るので規模は今までよりはおそらくはかなり小規模となるだろう。
すでに護摩がたける環境も必要条件から外して考えている。
それもならないにしても関東には多くのすぐれたお弟子さんを残してきたつもりだ。
信徒の皆さんには私がいなくても彼らを頼ってほしい。
