金翅鳥院のブログ

天台寺門宗非法人の祈祷寺院です。

『別に気にしていないから結構です』 最強!

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いい気になってもの言うからこうなる。

状況を見ればすぐに料理の出る店でないことは察しがつくでしょうに。

 

80代の女性店主の言 「『お宅のお店に伺って、それを動画に撮って、ご迷惑をおかけしました』みたいに言っていました。でも私はインターネットをやらないし、スマホも持っていないから、迷惑と言われても全然何のことかわからなくて。『別に気にしていないから結構です』とすぐ切っちゃったんですよ」は痛快。

その言や好し。最強。

 

このお店のように自分の身幅に逢った営業をしていれば、悪意ある中傷など恐れるに足りません。来る人はみなさん馴染みだし。現実を知っている人がきている。

評判で来ているわけじゃない。皆おばあちゃんのお馴染みさんだろう。

おばあちゃん同様客もそんなもの大してなんとも思わないだろう。

痛くもかゆくもない。

情報で拡散しているお店だとダメージはあるかもね。

宣伝に頼るものは悪宣伝に弱い。

私はむしろこのうどん屋さん食べに行ってみたいです!

開眼法を知らない、あるいはない宗派の方へ

正規に祈祷札や霊符の開眼法を未だ知らない方。そもそも宗門にない方。

でもご祈祷はあるという場合。実は方法がある。

 

その場合いわゆる世俗でいう「魂」は名前を入れた時入る。

これは宗紋に存在しない宗教儀礼をする訳じゃないから全然問題にならない。

名前は呪術の最たるものだ。

これゆえ仏像にまで名前を書いてしまうケースもあるが・・・・あれは個人的な思いでいえばいささかやり過ぎに想う。

 

このやり方にはただ書くだけでなくプラスアルファがあるが、まず顕教の人はお札に名前入れる時、心して入れるべきだ。それでまずは大丈夫。

 

 

 

 

御礼を言いたい

大分、前のことだが祈祷札のお名前の字が一文字違うというのでお叱りの電話をいただいた。

えらくご立腹だ。

「それは大変すみません、すぐに替えさせていただきます」と言ったら

「オイ、待てよ。これ私が気が付かなきゃそのままなんだろう。どうなるんだ!納得いかない。」といわれるので

「どうなるかですか?・・・誰も気がつなきゃ勿論そのままですね。そうでしょ。気が付いて知らせてくださったから良かったけど。」と言ったら黙った。

そこをもっと「詫びろ!」といいたいのだろう。

自分の間違いで人の神経を逆なでする気はないが、なおせば済むことで無茶苦茶を言われても延々と謝罪し続けるということまでは私はしない。

デパートのクレーム係ではない。

というよりそんなことはできない性分だ。

間違いは迅速に訂正はするが過ぎた感情の処理まではしません

納得いかないなら「ではどのようにさせていただきますか?」というほかない。

勿論こういう時に「納得いかないから金は払わない」というなら即座に「結構です」というだろう。

 

訂正できるものはする。できないものはできない。それしかないでしょう。

ま。この方はお金を払わないとまでは言わなかったし、その後実際に有難く頂戴した。

 

ところが、この方、何を感ちがいしたか、半年以上たって私の口座に大きなお金を誤入金された。

振り込んでから半月ほどたっていたと思う。気が付いていないのだろう。

もちろんすぐに通知してお返しすることにしたが、「これから口頭で番号いうのでその口座に振り込んでくれ」という。

「また間違ったらあとで困るのでそれは 電話じゃダメですね。文書でください。」と言ったら「いや、ここに通帳持っていますから読みあげます」というので応じた。

 

さすがに最後には「迷惑かけてすみません」とは言われた。

 

これだって私が気が付いたからこそお返しできたので、双方気が付かねば仕方のない事だろう。

 

でも、人というものはいつどんな間違いをするかわからないので、あまり偉そうにするものじゃないな…とこの方から教わった気がした。

そこは正直「ありがとうございました。」とお礼を言いたい

 

文殊と虚空蔵

文殊の知恵と虚空蔵の知恵の違いは?

よく虚空蔵は記憶力や学力などと言い、智慧や知識を司る

対する文殊は悟りの知恵などと言いますが、私はむしろ逆だと思う。

文殊は実際の知恵の働きで利剣に表される。

物事を適確にに処理する智惠の働き。

般若経でいえば能断金剛分だ。

よく分別する智惠。

虚空蔵はそうではない。宇宙の智慧の蔵だ。

だから尽きることのない宝=智惠を生み出す如意宝珠に表される。

眠っているようだが近づけばそこから無尽蔵に引き出せる蔵。

優劣はない。

虚空蔵あるがゆえに文殊の利剣があり、

文殊の能断の働きあるがゆえに虚空蔵の無尽の智惠を知る。

 

三井の受明灌頂では文殊菩薩、山王院の受明壇では虚空蔵だった。

智惠の御仏を得仏するわりには、私は学識などない上に頭の回転も悪いアホなのだが、きっとそんな私を仏様が憐れんでくださったのだと思う。

聖天信仰に必要な神祇信仰

ご多忙のところ恐れいりますが、聖天様のお札の件で質問がございます。

いつも私たちがすごすリビングに氏神様のお宮(正確にはアマテラス、崇敬神社、氏神様)をお祀りしている場所がありまして、
その隣、やや離れた場所に聖天様をお祀りしたのですが、あまりよくないでしょうか?

そもそも仏教徒になった私たちが、氏神様などのお札をお祀りする(もう長いことずっと続けてきました)こと事態、
よいのかも疑問に思っています。

 

 

これは神仏分離令以来の近代日本政府がとった愚策が今だに尾を引いている結果です。

神様は仏教徒の家でもなくてはいけません。

聖天信仰のバックアップに是非是非必要なもの、先祖供養と神参りです。

アマテラス様や氏神様はおまつりすべきです。

私も壇上に雨宝童子(天照大神)白山明神(氏神)をお祀りしています。

 

 

あの子はもういない

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霊的には剝製は頂けない。

野蛮な習慣の名残だ。

識大が五大と分離しにくくなる。

「あの子はもういない」

それが大事なのだ。

幻想に浸るために猫の皮をはいでニセモノ作ってなにになる。

死んだ家族の剥製を措いてる人がいたらどう思う。

死は死として悼みお別れするのが本当だ。

それが嫌ならはじめからぬいぐるみにしておいたらどう。

懺悔行とは何か

ある方が破門殺で在家星祭をして
 
「父母を殺し、仏前の御供えを盗み、仏法僧を誹り・・・」と過去世に自分がした覚えの無い(たとえ過去世にしていたとしても)ことを全て隠さず懺悔するから悪運を良くしてください、と懺悔するのが、心の中で抵抗があり、辛かったです。
終ってもモヤモヤした感じです。
というお返事をいただきました。
 
ここで大きな間違いがあります。
懺悔するから悪運を良くしてくださいというのではないのです。
それは懺悔行ではない。
懺悔はあくまで懺悔のためにする行です。
神仏との交換条件ではない。
そういう気持ちでしたなら懺悔行にはなりません。
 
そもそも仏教ではお前は悪いことしてきたから苦しめてやるという仏などいないのです。
仏はあくまで救済者。ご本人が言うように
自分がした覚えの無い(たとえ過去世にしていたとしても)ことを全て隠さず懺悔するから・・・と懺悔するのが、心の中で抵抗があり、辛かったです。
した憶えのない罪も憶えのある罪も仏はなにも責めません。
 
この裁くという一面は仏教にはないのです。
中国仏教で判官思想が加わり地獄で裁かれるという恐怖が入りました。
実際は自己が業を受けるだけです。あくまで自分の業を浄めるためにするのが懺悔行
ここが仏教を良く知らない人は間違いやすい点ですので一般の方なら無理からぬところです。
さらにおぼえのない罪こそを懺悔するのが「懺悔行」です。
憶えのある罪を懺悔するのは当たり前の世事です。
 
罪は社会的責任は措いて宗教的にはああ。悪かったと深く感じた時点でその人を離れます。罪が分離される感情が懺悔だからです。
自分の現状の裏には業があると感じる。それが懺悔行です。
 
 
 

夫婦別姓について思うこと

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夫婦別姓ってそんなに望む人が多いのでしょうか?

私は犬や猫のご祈祷にも名字つけてるけどね。

それって観念的には家族ということでしょう。

その方が喜ばれる。

自民党の道が開けないのは夫婦別姓問題ではなく、アホな議員さんがアホなこと言ったり、やらかしてこんな政権政党でまともな政治できるのかと国民があきれ果ててるからでしょ。

小泉先生、全然 的外れだと思います。

 

よく韓国や中国を引き合いに出して「向こうは昔から日本よりすすんでいる」という頓珍漢な人がいますが、実は、あれは女性はよその家の人間だから家系のうちに入れないという古い習慣で極めて女性を蔑視した見方の名残です。

LGBTの問題を思う時、いっそフランスのように結婚制度自体をフリーにして誰と住み、だれに財産をあげようがいいことにすべきでは?

子供をもうけないと決まった関係なら社会の単位である結婚制度もいらないと思う。

抑々結婚制度は後見人などと違い子孫繁栄のための制度だ。

「この人私の大事な人なんです」というだけなのにおかみに報告義務はない。

なんか結婚を最も愛する人のアファメーションみたいに思ってる人いるけどそんなのだけなら個人的にすればいいことでしょう。

さらにいうなら自分の大事な人を特定するのに異性男性を問わず性的関係が要件である必要など全然ないだろう。

そこがそもそもおかしい。

この問題はそもそも社会的に婚姻とはなんなのか、どういう意味を持つのかを考えてこそだ。

女性も経済活動に参加している世の中だ。昔とは違う。

もはや専業主婦は極めて少ない。

そこを抜いて感情的なものに流されてしまうのは議論にならないだろう。

私は結婚という法的制度は子供への養育義務、つまり時間的な立系列が中枢にあってこその制度だと思う。

あとは相続制度を大幅改革すれば結婚などというものは限定されたものでいい。