金翅鳥院のブログ

天台寺門宗非法人の祈祷寺院です。

地蔵菩薩本願経の読誦

「平素より大変お世話になっております。
 
先生がブログでご紹介されていました地蔵菩薩本願経の修行法21日間を満行致しました。
 
その日の夜、面白い夢を見ました。
どこかのスポーツスタジアムの真ん中に、四方を遥か天から垂らされた巨大な金蘭の布で囲まれた壇があり、そこにお地蔵様と僧侶の装束をした私がいるという夢でした。
 
翌日は隣の部屋にいる子供の寝相が分かったり、映画で次に流れる民謡の曲が分かるなど、多少洞察力が強まっておりました。
肝心の仏縁が強まったかは、きっと不思議を通じて仏縁が強まったとお知らせ頂いたのだと思います。。?」
 
 
お経を熱心に読んで仏縁が深まるのはもちろんですね。
この方は得度志望なのでこうした夢を見たのかもしれません。
ご苦労様でした。
大慈大悲のお地蔵さまは忍辱慈悲の衣をまとうといいます。
目に見えぬ衣をまといましょう。
読経は自分が決めた目的に反映するとは限りませんが、必ず御仏は必要なご加護を賜ります。
それはあれこれ我々が心配することを凌駕しています。
その安心こそ信心の功徳というべきでしょう。
 
 
 

奇妙な依頼

いままであった奇妙な依頼。

 

「人がみんな自分の思考を読んでしまうんです。」

「だれが?」

「だれでもです」

「私はあなたの思考わからないけど・・・」

「それは嘘です!」

  じゃあ嘘つきにもの頼むのやめときなさい

 

 

「実は病気なんですけど霊障ということで拝んでほしい」

「そんなことしてどうするの?」

「そのほうが治りすいと思って」

直すべきなのは別な方の病気だな・・・

 

「聖天様を祈ってほしいんです。」

「うちは聖天様の御祈願は講員だけですよ」

「そんなことしたら信仰しなきゃいけなくなるでしょう。それは困るんです。

そのぶんお金は出します。」

「あなた、一体何したいの?」

お金は出さないで大丈夫。祈祷はしませんから。

 

いきなり来た女性

「先生、テレパシーでわたしのこと呼んだでしょ。だから来ました。」

「・・・・‼ そんなことしていません。」

「え、嘘、呼んでないんですか?」

・・・っていうよりあなた誰です?

 

いきなり一万円が贈られてきて・・・電話

「実はそのお金で呪殺して欲しい人がいるんです。」

うちはフィリピンのスラムとかじゃないですよ。

 

いきなり訪ねてきた人

「あのう、霊媒になりたいんです。なので霊媒能力が出るように拝んどいてください。」

他人が拝んでなれるもんかい。

 

同じくいきなり来た人

「わたし行くところなくて困ってるんです。ここにおいてください。」

「どうしたの。すむところがないの?役所にいっしょに行ってあげようか。相談にのってもらいましょうか?」

「いいです!帰ります。」

帰るとこあるじゃん。帰れよ!

 

これは電話、

「私、霊感があって困っているんです。そのせいでお嫁に行きたいのにいかれないんです。」

それって霊感のせいなの?

 

同じく電話で「先生のお不動さんの本読んでたら、もうものすごく霊の声が聞こえだして困っているんですよ。なんとかしてくださいよ!」

じゃあ、耳に栓でもしたらどうよ。

 

「先生コワいです!先生の首の左右に怖い狐の顔が出て火を吹いてますよ。」

わたしゃデビルマンの妖獣かなにかかい

 

「霊障かどうかお加持して見てもらいたいんです。霊障じゃない場合はお金いらないですよね。」

「お加持の費用はいただきますよ。」

「エーっつ!」

こっちが「えーっつ」だ。これだから外部の人はお加持しません。

 

「伺ってちょっとだけ見てほしいけだけなんですけど・・・お金はかかっちゃいます?」

かかりません。そういう人は見ませんから。

 

 

これらの経験から精神医療やクンセリング。心理セラピーを学ぶようになりました。

御祈祷するならば基礎知識を持っていた方が絶対いいと思う。

まともに相手してたら、しまいには自分が精神科に御厄介になるかも。

 

 

 

企画展紹介「きのくにの宗教美術―神仏のさまざまな姿―」:和歌山県立博物館 善龍庵

 


企画展「きのくにの宗教美術―神仏のさまざまな姿―」:和歌山県立博物館

上記サイトより転載

企画展「きのくにの宗教美術―神仏のさまざまな姿―」 令和3年(2021)8月28日(土)~ 10月3日(日)


 

 和歌山県には、高野山熊野三山西国三十三所霊場 など、全国から多数の参詣者を集める大寺社が点在しま す。そして紀伊半島をぐるりと巡る広い県域に所在する 各地の集落には、住民が幾世代にもわたって信仰拠点と してきた寺社や堂祠が多数継承されています。それらの 信仰の場には、祈りの対象としての仏像や神像、あるい は仏の姿を描いた仏画が、数多く伝わっています。

以下略


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立派な図録を法友から頂いた。

 

なかなか珍しい密教系の仏画などが出展されているので10月3日までだがお勧めします。

 

 

竜雲現る。

お弟子さんとスーパーマーケットにいったら「あ、竜雲!」

彼が撮影してくれたのを載せます。

縁起がいい!これは下り竜。幸運が降ってくる。見た人しあわせにな~れ。

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遠景です。この写真見た人に幸多かれ。

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霊のせいにはできない

子供の両親惨殺事件というのはいくつかあるがその一つの起きた近所の御祈願。

「あんた、これどう思う。」師匠から上下がとんがった栗のようなオーブがいっぱいうつっている写真を見せられた。そこで撮れた写真だという。

 

正直オーブから吉凶を見分ける知識はなかったがたしかに丸くはなく妙な形だ。

実はここは江戸時代、いわゆる働けなくなった女郎さんを置き去りにして捨てた様な場所だったらしい。

怨念の渦巻くかなり恐ろしいことろだ。

メンタルの弱っていた犯人はもろにかぶったんだろうね。

 

でも殺人罪は本人の罪であることは変わらない。

こういうのを霊のせいにはできない。

ちゃんとした人格さえあればこういうことにはならないからだ。

給料安いから、貧乏だからは盗みをしていいという理屈にならないのと同じことだ。

自分のよからぬ行為を霊のせいにする。そういう人います。

 

以前にどうしても妻子ある男性と関係を結んでしまうという女性の電話。

それも同時に複数。

きっと悪霊の仕業なので祈祷でとりはらってくれという。

「自分はそんな悪いこと絶対にしたくないのにさせられているんです。霊能があるならわかるはずです。わかってください。」という。

それで拝んでくれという。

 

やなこった。幸か不幸かそんな霊能などない。そういうのは一切拝まない。単に分離が起きているだけだ。

分離しているから反省も懺悔もできない。

そういう人はもし祈ってやれば、同じことをしても今度はご祈祷が効かないからだと文句たれて私のせいにするだろう。そして分離はますます深くなる。

結局どこかで正当化して置きたいだけだ。その手には乗らぬ。

「自分がしていることなのにあなた自身はまったく責任を放棄していますね。そういうあなたはどこまでも卑怯で無責任なひとだ。だからこそ悪霊とお似合いなのだ。」といっておいた。

たとえ悪霊でも障碍でも、まず自分が決然として何とかするという意思があってこそ解決を見るのだ。祈祷はそれを援護するものでしかない。