奈良県は、殺処分を減らす対策などをまとめた「動物愛護管理推進計画」(2018~27年度)を見直した。飼い主情報をひもづけたマイクロチップの装着を広め、飼い主不在の猫の不妊去勢手術に力を入れる内容だ。2022年度の犬猫の殺処分数は04年度の約1割の364匹まで減少しており、県はさらに対策を進め「動物との共生社会」の実現を目指す。(大森篤志)
殺処分の大巾減!大変に良いことだ。
この件では奈良県は全国の自治体の鑑だ。
奈良県は、殺処分を減らす対策などをまとめた「動物愛護管理推進計画」(2018~27年度)を見直した。飼い主情報をひもづけたマイクロチップの装着を広め、飼い主不在の猫の不妊去勢手術に力を入れる内容だ。2022年度の犬猫の殺処分数は04年度の約1割の364匹まで減少しており、県はさらに対策を進め「動物との共生社会」の実現を目指す。(大森篤志)
殺処分の大巾減!大変に良いことだ。
この件では奈良県は全国の自治体の鑑だ。
最古の猫類に属するマヌルネコ。ロシアやモンゴル、ネパールに生息するフサフサの猫さん。
マヌルは小さいという意味でオオヤマネコに対する言い方のようです。
でもかなり迫力の猫さんです。
いつまでも栄えて欲しい。マヌルネコ万歳‼
ツボレフ22М3爆撃機撃墜おめでとう!
だが、殺し合いの戦争とはいえ、パイロットが脱出できたのはよかったと思う!
露軍もウクライナも兵士の命に変わりはない。
彼らにも待っている家族はあるだろう。捕虜になっても生きていればいつかは還れる。
「おばさん」というのは成熟した世俗的な女性の呼称でしょう。
何故「おばさん」を悪く言うのか。
「おばあさん」はもっといやがる。
中国では老師というように老には尊敬の意味がある。
女性の価値は外観の若さだけなの?そっちの方がよほど差別的だ。
実は見てくれの女性差別を助長しているのはそういう人に他ならない。
そのくせ自分の容貌が衰えるとそれを少しでもそれを思わせることばさえ過敏に憎む。
「おばさん」もそれだ。憎むべきはその矛盾だろうが。
親戚でないおばさんは小さなお母さん「小母さん」と書く。
熟練した人生の先輩だ。それが本当だろう。
いつまでも「こむすめ」でいるほうがみっともない。
なにかというとこうるさく「差別」に敏感なくせにつくづくくだらない世の中だ。
ここに書かれている「探し物することが多い」は老人に多い。
「よっこらしょ」といって椅子を立つのもおばさんでなくおばあさんだ。
老化を感じさせるがこれは忘却しているとか、しんどいならやむを得ない。
だが、大声で笑う、笑いながら手を叩くの何が悪いのだろう。
大声で笑うのは程を越せば男女問わずに下品だが。
最後の激しいボディタッチはよくないね。
若くてもする。年齢関係ない。性別も関係ない。
問題になっているオジサンのボディタッチ行為はよく「やりだま」にあがるが女性の場合は許されがちだ。
男性などはボディタッチしてくるのが若い女性だとてかえって喜ぶバカもいる。
礼儀や常識の問題だ。
これに性的なメッセージなどほとんどないだろうが、垣根を超える行為ではある。
おばさんの行いではなく「無礼者の行い」だ。
正しいおばさんはそんなことは若い奴よりしない。
当院にいた女性の弟子で笑いながらパンパンと私の腕を拳でうってきた人間がいたので「無礼者め!師に気安く触るな!」と怒鳴りつけたこともある。
そういう他人との境界線のない人間は「無礼者」だ。
許しておけば垣根を越えてどんどん増長する。
結局、そういう行為をする人は慎むということがない人間なので、その前後もトラブルも多く、そののちも、暴言を吐いたのでやめて頂いたがそれでいいと思っている。
惜しむらくは、もっとはやくやめてもらうべきだった。
羽田談
大学出て間もなくのころ、念願の生駒参りに行き、帰りに生駒聖天の参道沿いの茶店で一休み、高齢の女性店主に声をかけられました。
「あんた若いのに聖天はんの御信心でっか?・・・・信心はよろしいなあ。
人間、神さんや仏さんがいつも見てる思たら悪いことはでけんもんな。」と言われた。
信心の徳とは何か?
このことに尽きると思う。
お天道様が見ているも同じ。
何の宗教でもそこはおんなじ。
「 人生とはただ生きることであり、そして、生きていることそのものが勉強なのだと気づきました。 だから私は皆さんにも「自分の好奇心に正直な学び」がもたらす楽しさを感じてほしいと思っています。それがダンスでも音楽でもスポーツでも何だって構いません。「もう年を取りすぎた」と思う人もいるかもしれませんが、今からでも遅くありません。ローマの政治家カトーは、なんと80歳を過ぎてからギリシャ語の勉強を始めたといいます。 自発的に行う学びは好奇心の領域をどんどん広げてくれ、人生をイキイキと輝かせてくれます。」
学びの喜びや目的は学びそのものにあります。
「朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり」と論語にいいますが、
これは「夕べに死すとも道を聞くは可なり」といえましょう。
人間という動物の本能である好奇心を生かす生き方です。
おびただしい福猫の箱に混ざってユキ猫もいます。