金翅鳥院のブログ

天台寺門宗非法人の祈祷寺院です。

無事息災は当たり前ではない

ある講習会、「祈願寺や教会なら毎日、本尊供くらいは修したらいいでしょう」と言ったら、あとで「何を祈ったらいいのですか。お施主がいない時は?」と聞かれた。

 

お施主がいてもいなくても「感謝の祈り」をすべきだ。

いま今日ここにこうしてあるのに「稀有の想い」をいだかなくてはいけない。

 

時々刻々目に見えない変化がすべてにおいてある。

無事息災は当たり前ではない。

御加護あってと思うべきだ。

それが諸行無常を知るということと思う。