ある講習会、「祈願寺や教会なら毎日、本尊供くらいは修したらいいでしょう」と言ったら、あとで「何を祈ったらいいのですか。お施主がいない時は?」と聞かれた。
お施主がいてもいなくても「感謝の祈り」をすべきだ。
いま今日ここにこうしてあるのに「稀有の想い」をいだかなくてはいけない。
時々刻々目に見えない変化がすべてにおいてある。
無事息災は当たり前ではない。
御加護あってと思うべきだ。
それが諸行無常を知るということと思う。
ある講習会、「祈願寺や教会なら毎日、本尊供くらいは修したらいいでしょう」と言ったら、あとで「何を祈ったらいいのですか。お施主がいない時は?」と聞かれた。
お施主がいてもいなくても「感謝の祈り」をすべきだ。
いま今日ここにこうしてあるのに「稀有の想い」をいだかなくてはいけない。
時々刻々目に見えない変化がすべてにおいてある。
無事息災は当たり前ではない。
御加護あってと思うべきだ。
それが諸行無常を知るということと思う。