15歳の子どもがむしゃくしゃして84歳の女性を刺し殺すという恐ろしい事件。
少年院に行きたいという犯人。
ついこの前にも70代の祖父祖母を殺した高校生の事件があったばかりだ。
私はこうした事件は子供の「自尊心」のなさから起こると思っている。
自尊心があればそんなお先真っ暗のことなどしないのが人間だ。
戦後まもなく、昭和の時代はこどもの食糧事情はよくなかった。
いまに比べれば貧しく不自由だった。
そんな中で子どもは生きる大切さを自然と身に着けたと思う。
いまの世の中ではそれはない。
必死に生きるということがない。必死に勉強ではない。
まず生きることの意義だ。その大切さに比べれば学習教育などどうでもよい。
自尊心を教えないとダメだと思う。人権だのなんだの教育?
そんなのではわからない。
それは生きる請求権があるというだけのことだ。ああ、そうでおしまいだ。
生きる気のないものには関係ない。
自尊心に比べれば甚だ抽象的である。まず自尊心あってこそ人権がわかる。
自尊心を養うことは多分に我が身をつねり痛みを知ることも大事だ。
子供に必要以上に贅沢をさせ、あまつさえ親が見得からそれを競うのは教育というものの喪失だ。くだらない。
これは学校や教育委員会の罪でもなければ文科省の罪でもない。
そこは制度はできても教育そのものなどできはしない。
そうやって大人たちが子供の教育の責任のなすりあいをしていればよいことはない。
それが日本という国の最大の罪であり愚かさなのだ。
我々日本人一人一人が教育を問わねばならない。
常に「自尊心を持て」と教えるべきだ。
昔は手をあげるような教育もあったがそこには、子供の自尊心があったからこそ子供は育ったのだ。