金翅鳥院のブログ

天台寺門宗非法人の祈祷寺院です。

一見四水のはなし

最近になって、お墓に水をかけるのはご先祖様の顔に水をかけて侮辱するようなものでよくないという馬鹿々々しい迷信が言われているらしいですね。

それじゃ雨の日は傘でもさしかけるがいい。
ご先祖は濡れてお困りだろうから。

誰も先祖を侮辱する意味で水をかけるものなどいない。
水を手向けるのは本来は密教の「一字水輪観」や「蒙甘露法味印明」で亡者に甘露水を手向けることから来ています。
密教の話を持ち出さなくても、水は供物の第一。香華灯明以前にお水です。
だから転じてお墓やお塔婆にもお水をかけるのはそういう意味から来ている。
仏教はインド大陸でできた教え。インドでは水はどこでも手に入るものでない。河川のない地域も広く、そういう場所では貴重なものです。池や川があっても飲めるとは限りません。
きれいな水は御馳走なんです。
塔婆を並べ清流の中にたてる「流水灌頂」という密教の法儀すらある。
でも先の理屈だとご先祖を水浸しにするとんでもない行為ということになるかもね。

仏教には一見四水の語があります。
人間が普通水と見るものも
  天人にとっては歩くことができる水晶の床
  魚にとっては己の住みか
  餓鬼にとっては炎の燃え上がる膿の流れ
というわけです。
全ては心の作る世界。
甘露と思って手向ければ甘露、侮辱しようと思って水をかけているのとはわけが違う。
大事なことは何の目的でそれをするのかです。

どこのだれが言いだしたか知りませんが、呆れたド阿呆がいるものですね。