昔、金剛経の提唱をしてくださった林天朗先生のお嬢様、ピアノの教授をされていた紀代子様がご高齢でピアノを止めて、広い今の家を引き払ってホームを探すとのこと。
ついては父上 林天朗居士の持仏をお任せしたいとのことでお預かりいたしました。
林先生は居士禅の大家・濱地天松居士のお弟子さまでした。
それで私に相談したらどうかという濱地天松居士のお孫様・濱地光男先生のお薦めもあったそうです。
後の曹洞宗管長・高階籠仙禅師も薫陶を受けた方です。
実は林天朗居士は当院の前身、大慈光教会の初代信徒総代もお勤めくださった方です。
これは林先生の描かれた宇賀神さま。一番大事にされていたものです。
林先生は芸術家でした。皮革工芸や絵画をよくされた方です。
林先生は濱地天松居士所持の宇賀神を模したのでしょう。
二臂で剣と玉を持ちます。若いころ本門寺近くの先生宅で拝したことがあります。
金剛般若経の守護神・八大金剛の随一、白浄水金剛神です。熱脳の煩悩を癒すという本誓を持ちます。数ある八大金剛の中から選んで刻まれたもの
これは知る人ぞ知る「不思議聖天宮」の信徒用本尊
実は林先生が上田光光聖の依頼で描きました、
歓喜天 ギャクの一字を頂く歓喜童子のお姿
カン字を頂く荼吉尼天尊
ウ字を頂く弁財天
不思議聖天宮は聖天、荼吉尼天、弁財天三位一体の信仰を提唱したものでしたが、残念ながら光光聖が急逝して頓挫しました。
今日ネットで秋葉さまを見ていたら、突然、秋葉総本殿・可睡斎で修行していらした雲水さんが見えて、その折にも天松居士のお話をしていたところでした。
何かと縁というものを感じる一日でした。