「運気が悪い時に絶対的に良くできる方法ってありますか?」
って聞かれた。
私の知る限り「無い」ですね。
「ぇーっつ、ご祈祷しているのにそれ言うの?」と思うだろうけどアリマセン。
よく聞いてください。
凶運がよけられないのではなく「良くする方法はない」のです。
運が悪い時期は冬のようなもの、冬に凍え死なないようには対策できても春にはできない。
我々は時間、空間軸に生きていますからどっちも無視はできない。
冬には冬の過ごし方がある。
たとえば方位除けの御祈願で使う言葉に「迷うがゆえに三界は城なり。悟るがゆえに十方は空也。本来東西なく、いずくにか南北あらん」というのがあります。
これは凶方除けでありますが、呪術は認めて否定するという方法をとる。
否定するにしても最初からは否定しない。認めて否定するのが大事。
宇宙空間にでれば方位はない。自分という存在のいる点と地球との関係で仮にあるのが方位です。年月日時も同じこと。
つまり仮和合の存在。因縁生のものです。
肝心なのはここで否定されているの方位の凶ですが、否定されるのは凶だけじゃない吉もです。
だから方除けしても凶は吉にはならない。此処大事です。吉も凶もないとこに行くわけです。
これを心にしてみれば「災難に遭う時節には災難に遭うがよく候、死ぬ時節には死ぬがよく候、是はこれ災難をのがるる妙法にて候」と言う良寛さんの言葉と同じ。
災難が災難として認識されないところに行く。吉凶を超えたところに行く。
だからたとえよくなるにしても悪い邪魔している要因がなくなるという意味であって、大吉やプラスにはならない。
たとえていうなら深酒止めれば健康になるというのと同じ、深酒止めたからと言って体力が普通人を超えるという理由は出てこない。そこを超える人はもともと強かったのが深酒で疎外されていたんでしょう。
術としては悪いものを抑えることはできても一転してラッキーに変えられる方法はない。
松葉杖ついた治療中の怪我人をマラソン大会に出して優勝させるような方法はないわけです。
そういうものを常にうろうろと求めていれば必ず騙されます。
人の常で不運な時ほどそういうものを心に描きますが、そんなものは存在しないとしっかり心に置きましょう。