「金峰山修験本宗」の初代管長・五條覚澄猊下が書かれた「不思議霊話」という古いご本に
「八大竜王の不思議」という話がある。
額田の滝・天龍院に祀られた八大竜王のお守りをされていた谷坂という女性の話。
文中では「谷坂婆さん」という。
この人は霊覚者であったようだ。欲しいものをテレパシーで送ってくる。
額田の滝は深山ではないが聖天さまで有名な生駒の裏山に当たり、高齢者が上り下りするにはきつい。
おいそれと山を下りて一々買い物はできない。
だからそうして欲しいものを想念で親しい参拝者に送ったのだそうだ。
そういう不思議な人であったそうだ。
本に書かれたこの谷坂さんの言葉に「聖天さんは家、八大さんは土台や。土台を忘れた家はもたない」というのがある。
この意味はなんだろう。
ただ、両方拝めという意味だろうか?
ならなぜ両方拝むべきなのか。
私が思うに八大龍王は志ある願いを強力に支える八人の護法の龍神だ。
聖天様は小さな我々の欲願も拾ってくださる神通自在の天尊。
ゆに聖天信仰を真に生かすものはまず根底に志ということだろう。
それが土台だ。
現世利益は様々だが、それがそのままに志とは言えない。
志とは世の中に自分がどう役に立てるかを考えることだ。
そうでないと仏教の信仰にもならないだろう。