私は幽霊というのは見たことがない。ほとんどない。
ただ、残留思念というか、残っている人の念は感じることがある。
脳裏に姿た形が浮かぶことはあるが、リアルに眼前に視覚化することはない。
だからここはお化けが出そうだなとは思ってもお化けには直に合わない。
霊写真も怪しいものが写っていても私にはその真否は判断できない。
逆に変なものはなにも写っていなくても、これは気味悪いと思う写真はある。
だいぶ以前、試しに一号線を車窓を通して霊みたいなものをなにか感じられるのか、ただの思い込みの延長なのか自分でも実験してみたことがある。
そしてあるところで「ああ、あの森の陰に家があったんだな。人の気配が残っている。」と思った。
近づくにつれ、そこには実際に廃屋の痕跡らしきものが見えた。
それであながち思い込みや気のせいでもないと思ったものだ。
人ばかりでなく死んだ動物の念も感じる。
ある歯医者さんと鎌倉のお寺で愛猫の墓にお参りをご一緒したときに、急激にのどが渇いた。「この猫ちゃん、水が飲めなかったのですか?」と聞いたら「ええ、そうだったんです。」ということだった。
姿でなく念でわかるので幽霊のように実体化して見えたりしない。
だから怖いと思ったことはない。
ある戦跡にいったらずーっと絶叫が続いていて驚いた。
人が爆死したとき思念が残っているのかと思う。姿が見えたらさぞ怖いかもしれない。
でも私はなんにも怖くない。見えないから。
いろいろ花とか上がっているが宗教的な意味あることはたいしてしていないようだった。
なにせ行政が史跡として管理しているのだから慰霊祭は行っても宗教色は抜きなのだろう。
ここを反戦の聖地のように言うが亡者は置き去りだなと思った。
私の弟子で霊能のある人間がある病院に夜間お見舞いに行った。
彼の話だと夜間にもかかわらず、わんさか人がいたが・・・そのほとんどはよく見てみると死んだ人だったそうだ。ぞっとしたそうだ。
この人は冑武者の行列も見たという。
だが、私ににはそういう体験はまったくない。
逆に八部衆のような自然霊はわりかたよく感じられる。
いわゆる妖怪みたいなものも。これは幽霊とは違って視覚化することもある。
たぶん、感覚の種類がいわゆる霊能者とは違うのだろう。
人間の霊のことについてはさきに言った程度だ。
それも生業にするようなレベルではまったくない。
霊能者というのは大変だと思う。
少しばかり人様に感じられないものが感じられたところで、カラオケバーで歌を褒められてもそれで専門の歌手になどなれないと同じだ。
「だから霊能者ですか?」と聞かれれば「いいえ、違います」と答えている。
「私の前世は?」といわれても皆目わからない。
「うちの母方のおじいさんはお浄土に行っていますか?」ときかれても全くそれもわからない。
だがこの私から見てもレベルの低い人が霊能者気取りで来ることもある。
それが「私は霊感があるので密教を教えてほしい。」とか、はなはだしくは「教えたいでしょう?弟子になってあげましょうか。」などいう人もいる。
誰が教えたいものか?
極めつけは「私の霊能で先生を助けてあげに来たんです」とまでいう。
おかえりはこちらだ。
笑わすのもいい加減にしてほしい。