「かわいいでしょう。今でも見るとほっとするんです」。坂元和男さん(78)=東京都葛飾区=はオレンジ色のカナリア「かなちゃん」の剝製(はくせい)に目を細める。 坂元さんは警視庁捜査1課の刑事だった。事件当日は東京・霞が関の警視庁本部から現場や病院に駆けつけ、被害を目の当たりにした。 1995年3月22日、警視庁などは山梨県上九一色村(当時)の教団施設へ一斉捜索に踏み切った。 「もし教団施設にサリンが残っていたら」。道中のバスではそんな不安が頭をよぎったという。 捜査員らの命を守る任務を与えられたのが、かつて、毒ガスを検知するために炭鉱にも持ち込まれていたカナリアだった。 坂元さんが主に任されたのは、猛毒のサリンが製造された「第7サティアン」の捜索。警視庁科学捜査研究所研究員や陸上自衛隊員らと一緒に、「ピーコ」と名付けた黄色いカナリアも連日内部に入った。
サリンの影響はなかったが、寒さや慣れない環境のためか、ピーコは1カ月ほどで死んでしまった。東京に連れて帰りたかったが余裕がなく、近くの土に埋めた。 2代目のカナリアがかなちゃん。第7サティアンの捜索は長引き、坂元さんたちは最後まで山梨県に通った。かなちゃんも捜索をともにした。 捜索終了のめどがつき、かなちゃんを連れて警視庁本部に戻ったのは約4カ月後。すっかり愛着がわき、上司に「私がもらっていいですか」と聞くと、「だめだ」と一言。「じゃあ預かります」と言うと上司は何も言わなかった。
家に連れて帰ると、かなちゃんは「ピーピー」ときれいな声で鳴いた。日々殺人事件など凶悪犯罪を追い、なかなか家に帰れない坂元さんに代わり、妻と娘がえさをあげたり水浴びをさせたりと可愛がった。 それから4年後の1999年9月6日、坂元さんが朝起きると、かなちゃんは旅立っていた。