羽田談
猿、トラ、ヘビを寄せ集めても「まず、ヌエを構成する、多数の動物はお互い直接的な関連はない離散集合として見る。猿、狸、虎、蛇それぞれの性質は独立しているのだ。集合を構成する要素が互いに離れており、諸性質の間に連続性がない。ヌエはこれら独立した諸動物性質を束にしてまとめる輪ゴムのような媒体に過ぎないとする。」という理屈も成り立つ一方で、鵺は蛇やトラなどの集合体ではなく、「ゲシュタルト」であると言う考えも存在する。
最早、鵺は鵺と言う妖怪で蛇や猿や虎の様な要素に還元できないというとらえ方だ。
仏教ではこうした事物の諸相を「空」と断じる。
空はほかの哲学的概念と並べて云々はできない不可得な存在だ。
故に仏教は哲学とは並べて言えないと思う。
空とは不可得の謂いと言えばもっとダイレクトだ。
哲学は人間の思弁を信じるが、仏教はそれを疑うところから出ている、
言い換えれば理論の不可知をいうものである。