かなり面倒だと言われる人でもずっと付き合っている人はいる。
時々「あの人むずかしいでしょ。たいがい終いにトラブルになるのにどうして絶縁にならないのか?」と聞かれるが・・・
別に私は交際上手でもなければ、面白い人間でもない。
それは個人レベルの付き合いではみなが考える「公平」ということを考えないからだ。
折れれば済むところなら折れる。
サービスできることはサービスする。
なにより「交際円満」を第一とする。
ひとことで言うなら「付き合えば得だ」という人間になろうと考えている。
例えばしゃべりたい人の話はもう全部聞き手になって聞く。自分の方の話は聞いてくれなくても全然かまわない。
基本的に聞かれないことで自分の話はしない。
人間にとって最も関心があるのはご当人の話だけだからだ。
もともとそんなところをそういう人に期待していない。
前回ご馳走してあげたから今回は向こうにご馳走してもらわないとフェアじゃないとかも一切思わない。
自分の食事に付き合ってくれていると思えばそれでおしまいだ。
こういうと損なようだがそうでもない。
それでも長く交際している人はどこかいつか必ず有益なものをもたらしてくれるからだ。
だから長い目で見ればお互いに損得はない。
たとえ、何も返ってこなくても別な人から必ず何か良いものが来ると信じている。
それが因果の法則だ。
なによりも人のことばかり言えない。
そういう自分だってかなり扱いずらい人間かもしれないのだ。
きっとそうだろう。
「こんな欠点だらけの付き合いずらい私と付き合ってくれてありがとう」だ。
そして交際に「○○してあげた」とか「○○してもらった」はもちこまない。
もしも相手がしてほしいことがあれば可能な範囲でベストを尽くす。
皆がこだわるそういう平等だの公平だの観念が人間関係をスムーズにしにくくする。
社会的なことや公的なことにはそれは大事だろうが私的なことは考え次第である。
あえて人の扱いづらいところを呑まねば全ての交際はおしまいの方向になる。
欠点や嫌なところばかりあげつらい取るところをとらねば人間関係は全て捨てることになると思う。