今日は中国は四川省成都にある道仏習合のお寺の方が見えました。
道教の寺は道館といいます。
斗母をお祀りしているそうです。道教では摩利支天に近い神様です。
ほかに薬師如来や大黒天も。
道教ですが密教も関心あって日本で修行され、灌頂もうけられた由。
やはり拝んでいる方というのは私の話をよく理解してくださる。
多くの点で共通を見ました。
この方はなるべくして道士になった方のようにお見受けしました。
前世でも修行しておられたのかもしれません。
女性ですが自分が経営していた会社をきっぱり手放してこの道に入られた方です。
こういう決然たる女行者に合うのは久しぶりだ。
なかなかいないね。
行者は男女問わず、ある意味、「孤独の必要性」を理解していないと難しい。
修行したいという女性は多いけど、こころのなかにはどこまでも人との絆を欲する心が見える。
でも修行はいくら励もうがその淋しさや人恋しさの代用にはならないですよ。
究極はその本尊と我しかない世界にいなくてはダメです。
でもほとんど、そこまで思い切れない。
思いきれなくても全然いいのです。それが普通の血の通った人間ですからね。
・・・だがその普通の心ではギリギリ及ばぬ世界がある。
そこまで行くのかどうか、それだけの話。
守護神の斗母元君がはっきりしていますから何を学んでもいずれそこに立ち還るのだと思います。
最後に孔雀明王の話になりましたが私が孔雀明王についての独自の見解を話しましたが、それも私もそのように思っているとのことでした。
中国の人はなぜか孔雀明王が好きですね。前にも孔雀法で祈祷してと言われました。
その時は祈り馴れない法で祈ってもおぼつかないので、十一面様で祈りましたが・・・
お土産に素晴らしい作家の作られた銅香炉を頂戴いたしまいした。