判らなくはないですが・・・でもなかなかご利益がないというあなたにちょっとチェックしてもらいたいことがあります。
あなたは聖天様が好きですか?
「あなたは聖天様が好きですか?」と言われると「はい、大好きです。」と即座に答える人もいるかと思うと中には「エ? ウ~ン、好きとかそういうわけじゃなくて・・・ご利益あるときいたので・・・」という人もいる。
でもちょっとまってください
自分は好きにならずに相手には好いてもらえますかね?
だからたくさんお供物挙げて、毎月浴油頼んで苦労してますと答えるかもしれないけど・・・。
じゃあ、貴方に進物や何かにつけいいようにしてくれるけど、貴方のことは別に好意なんかないんですという人をどう思う?
嫌ではないけど・・・こちらも好きにまではならないでしょう。
ましてや聖天様は神様です。
失礼ながらいくら豪華なものでもあなたのあげるもんなんて聖天様にはたかの知れた大したもんじやないんです。
それをせっせとあげて「ほら、わたしって貴方にこんなにいいもの沢山あげてるでしょ?だから私のいうこときいてくださいね。」と歓心を買おうとする。
これ大間違い。
祈願でもお供物でもあげてやるんじゃない。上げさせていただくのです。
それを恩着せがましく積み上げて「これでもか」という具合。
聖天様にしてみれば「おちょくってんのか」と思うでしょう。それじゃ本当の御利益なんてないんだと思う。
聖天様は怖いと思いながら恐る恐る信仰している方。
確かに怖いところはあるけど悪魔やなんかじゃないんですよ。
聖天様は。
とても怖いけど好きな人っているでしょう?
鬼軍曹のような上司でもいざとなれば親身になってくれる人や怖い先輩やお師匠さんでも真剣に自分を見守ってくれる人。
聖天様はそういう人たちと同じような感じです。
嫌々付き合っていると・・・向こうだって知らないわけないですからね・・・。
あなたが聖天様ならそういう人をどう思いますか?
私は20歳そこそこで聖天様と出会いました。
正直言って私ははじめそんなに好きじゃなかった。嫌いじゃないけど別段好きでもない。
しかも、秘密裡に動物の顔した男女合体像に油かけて祈るなんて聞いただけでも奇怪至極という感じが否めなかったんですね。
考えればこのころはまだフツー?の人間だったかも。
だけどほかの神仏にはないというご加護があるというので一生懸命祈願した。はた目にもそう見えていたようです。
なぜそんなに熱心に祈願したかというと、私は神仏というものを知りたかったんです。思い込みとかじゃなくて本当に生きている神仏の働きが知りたかった。
だから、まあ、今思えば一生懸命拝んではいたけど実験だったんですね。
聖天様にしてみれば「こやつ、俺を試そうと言うのか。小癪な小僧目が!」と長い鼻でフフンと笑っていたでしょうね。
そんなのはいくら熱心でもまったく駄目なんだね。なんにもならない。
だから拝むほどにこれでもかと正比例してひどい目にあった。
判らないやつ目とお灸据えられたようなものです。
で、判るまで徹底的にひどい目にあった。それが聖天様の御慈悲。
でもそれでも全然そこを悟らないで執念で食いついていました。
強情なのは自信がある。バカだからね。
バカというのは強情で考え直さない。一方方向にしかいかない。
ただただ流れに逆らって泳いでいる小魚みたいのですね。
其れで疲れて水面に浮いてしまうまでやっている。
私ももう終いに「もはやこれまで!」で折れてしまったら聖天様の方で手を出してくれた。
「お前なあ。本当にバカじゃないのか。判っていないんだよ」という具合ですね。
聖天信仰の皆さん、まず第一に聖天様を好きになってください。