金翅鳥院のブログ

天台寺門宗非法人の祈祷寺院です。

人の人権を踏みにじる人間に聞きたい。

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此の描写を見ても酷いとは少しも思わない。私は良いざまだとしか思わない、

人の人権を踏みにじって自分の人権を主張する。「お前の言う人権ってなんだか言ってみろよ。」といいたい。

 

肉体的罰則がいけないなら人殺しでも強姦でも「いけませんよ」という注意だけで終わればよかろう。

考え方によっては20回のむち打ちで痛い思いするより何年も牢屋に入れ拘束することのほうが残虐と言えば残虐になるだろう。

本当を言うなら死刑も絞首刑は苦しいからギロチンや打ち首、銃殺にしたら楽は楽だ。見た目はすごいが苦しいのは一瞬だろう。

なのにそれをしないのはただの見た目のすさまじさを嫌うだけだ。

殺される側に立っていない。極端に言うならきれいごとだ。

正直、私には問題にされている「残虐刑とは何か」の概念が何かがわからない。

そしてわからないのが正解だと思っている。

それは多分に感傷とイメージの産物だ。

だから教えてもらいたいとも思わないし、納得できる答えを教えられる人がいるとも思わない。

 

たとえば死刑は本人にではなく社会への警鐘だ。受刑者はいなくなるのだ。

だから殺すなら無用に苦しめず、さっさと手早くする方が良いと思う。

例えばイギリスには死刑はないが終身刑の方が残酷ではないかという声も近年多くあるという。

かの国では譬え10歳にならない子供でも犯罪行為により名前が出て懲役を科される。

決してなまやさしくはない。

 

死刑囚を楽に死ねる薬の投与とか国税を沢山使って安楽に死なすことも必要ないが、ことさら苦しめるのは無用だ。

それは無用の残虐行為と思う。

 

だが、全く残虐にしないのを理想とするなら刑罰はすべてなくした方がいいということにならないか。

服用すれば二度と犯罪行為をしない薬でも開発されれば別だがそれは無理だ。

現地で女性を辱めビデオにまで撮って友達に自慢した奴。

こう言う人間がいる以上、厳しいむち打ち刑がシンガポールからなくならないことを切に祈る。

苦痛を伴うのが残虐だというならあらゆる刑罰は残虐だ。

残虐でない刑罰などない。だからこそ意味がある。