「加すべきに 加するは余天の通願
加すまじきに 加するはただ大弁才天の別願に限れり」
これは弁才天独自の誓願である弁才天の「別願」である。
要は御利益を授けるべきに授けるのはどの天尊でもそうだが、弁天様は本来は授からないところをも曲げて授けていただけるというのである。
これを聞いて思い切り無理な願をかけようというものはそれは不届き者である。
貪りの最たるものだ。
弁天信者は今授かっている日々の恩恵も加すまじきに加する別願によって与えられたご利生と感謝するべきものである。
当たり前が当たり前でない人はいくらもあるのだ。
だから弁天信仰は無事息災な日々、また、ことあれば大難が小難になったと心得。
そのこと深く心せねばならぬ。
我等はひとしく加すまじき衆生の想いをいたすべきである。