金翅鳥院のブログ

天台寺門宗非法人の祈祷寺院です。

明暗(みょうあん) 善龍庵

 

  

 

弘法大師の『般若心経秘鍵(はんにゃしんぎょうひけん)には、

「明暗(みょうあん)他にあらざれば信修(しんじゅ)すればたちまちに証す。」

と説かれています。

 

仏教的な深い解釈はありますが、今ここで私たちのレベルに合わせて解釈すれば、気づいて心が明るくなるのも、あれこれ悩んで暗くなるのも他人のせいではない。だからこのことを信じて修行すればすぐにそれを証明することができるのである。

 

まずはそれを信じることですね。

 

ここから、いただいたメール

 

 

先日の大森先生からのメールにありました
「自分の心が恐怖を生んでいる」ということ、思い当たる節しかなく、、、
仏さまに心を開いて全てまかせて懺悔すると喜ばれるというのも目から鱗でした。


私の煩悩や悩みがお供え物になるんだ、、、と
修行を行うにあたって少しほっとした自分がいます。
ありがとうございました。

 


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お知らせ

11月28日からの施餓鬼供養の申込締切は本日11月24日です。

庶民の声を正しい形にするのが法律

news.yahoo.co.jp

「欧金中が新居の建築工事を開始すると、彼の土地の周囲三方を取り囲んで隣接する3軒が協力して工事の邪魔をし、一向に工事を始めることができなかった。その理由は欧金中と隣接する3軒が占有地の境界線の確定で紛争になり、その占有面積でもめていたからだった。紛争中の占有面積(以下「争議面積」)は、欧某貴(争議面積:100平方メートル)、欧某勇(11~12平方メートル)、欧某発(10平方メートル)だった。  この中の欧某発の家が事件の舞台である。殺害された欧某九は欧某発の父親であり、欧某英は欧某発の妻であった。欧某発は欧金中の新居建築工事を執拗に邪魔しただけでなく、彼が上林村幹部の親戚であることから、村役所に対して欧金中が事態を訴えても無視するように働き掛けていた。このため、欧金中が村役場に「建築工事が隣人たちに阻止されていて、全く工事が進捗しない」と訴えてもまるで暖簾に腕押しで対応してくれる気配すらなかったのだった。  新居が完成しなければ起居する場所がないので、欧金中は新居の建設予定地にトタン屋根とテントシートを組み合わせたバラックを建てて、建築工事が開始できる日を待つことにした。雨漏りがする代物で、風が吹き抜ける粗末な作りで、欧金中の心積もりではほんの短い期間を過ごすための臨時的な仮設住宅であった。  欧金中は平海鎮政府にも新居の建築工事を邪魔されている旨を訴えたし、その上の秀嶼区政府、さらには莆田市政府にも事態の改善を要請したが、何一つ対応してもらえなかった。欧金中は上級役所に何度も陳情を繰り返したが、それに呼応する形で行われたのは、隣人たちが雇った暴力集団による嫌がらせだった。」

 

事情を知る周囲には同情する声が多い欧金中容疑者。

確かに彼は殺人者であり、その行為は極めてよくないが、・・・そういう声は大事だ。

どこの国の人々にも「義」というものはある。

法律は難しいことを勉強した学者だけが草案を考えてできるだけではおかしい。

庶民の声を正しい形にするのが法律であるべきだ。

ここまでの暴挙に彼を追い詰めた隣家や役所にもきわめて重大な罪がある。

 

 

 

 

そこの視点は正しい

news.yahoo.co.jp

「(立憲への)国民からの支持が伸び悩んでいるのは、批判ばかりの政党だと思われていることが大きいのではないか」と言う。「批判するなと言っているのではない。野党の仕事の半分は批判することだと思っている。しかし、それだけでは国民生活は良くならない」と語った。

 

正しい視点だと思う。

そこに気が付かない以上、立憲民主党はなにもできないくせにもうただの難癖をつけるのが目的の「意地悪な姑の嫁いびり」のような政党イメージに堕していくでしょうね。

ただグチグチ文句をつけ、足を引っ張るだけでなく、そこはそうやってはダメで、明確にこうすべきだといった具体的な対案出してこそ国民にアピールできるのではないでしょうか。

ケチだけならだれでも付けられる。

 

 

怖れは大事だ

密教の明王像について「尊い存在ならなぜこんない恐ろしい姿で表現するのでしょうか?」と他宗教の人に聞かれたことがある。

「それは怖れるということが大事だからだと思います」と答えておいた。

どうしてかって?

 

例えば健康を保つにはそれを害することを怖れなくてはいけない。

深酒や滋味肥濃な食べ物ばかり食べては良くないという「怖れ」が必要です。

同じように経済生活にも貯蓄は大事だし、散財は忌みます。

お金がなくなってしまったらと怖れるからでしょう。

このように怖れは役にたっている。

人間関係でもそれを損なうことを怖れる人は言葉に気を付ける。

 

逆に「俺はこわいものなんか一つもない」と豪語する人もいる。

そういう人はバカですね。物を知らなすぎる。

怖れるということのない人間はバカです。

バカと言ってよくないなら極めて未熟な人間ですね。

怖いものが何もなくなったら、本当は人間おしまいです。

 

そして怖れは畏れにつながる。

「畏れる」は最大限の敬意であり、宗教的には特に大事な感情です。

発露   善龍庵

 

  

発露、「ほつろ」とよむ。

発は、発心「ほっしん」、発音「ほっとん」というような使い方をする。

 

興教大師の密厳院発露懺悔文と言う有名な懺悔文がある。

内容は興教大師が具体的に罪であると感じたことが書かれている。

 

このように懺悔はもともと自分の犯した罪(さらに深掘りすれば、自分が罪悪感を感じること)自分の外に告白する、即ち発露することである。

 

そのため善龍庵で指導する滅罪会では、自分の心の奥底から浮かび上がってくる罪悪感を感じることを仏様に告げる。発露である

 

この時に長々自分の中で作った物語を仏様に告げるというよりは、具体的な事柄を短く端的に発露する方が良い。

 

長い文章にすると自分の頭の中でこさえた罪悪感のストーリーに酔ってしまうからである。

 

 

心の中が罪悪感でいっぱいであると正しく物事を見ることができない。それがさらに自分自身を縛って苦しめる。

だから仏様に預けてしまって、心の曇りを取ることによって次第次第にありのままの姿が見えてくる。

その結果気ずきが生まれて、心が安らかになるのである。

 

中には様々な事情によって自分が安らかになってはいけないという思い込みに縛られている方もいるが、そういう風に感じるのもよくあることで、無理はない。これも罪悪感の一種なのだ。

 

ある意味自分で自分を罰しているのである。しかしよく考えてみれば自分で自分を罰しても誰も喜ばない。

そんな感情も仏様に発露して預けてしまい、利他に貢献することが滅罪の道である。


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善龍庵蔵『準提懺摩法』(京都書林 柳枝軒 版 )

 

今後の予定

 

令和3年

12月29日から31日 納め万霊総供養

 

令和4年

1月の滅罪会は中止します。

 

2月1日から3日まで

「星に祈る会」を予定しています。

妙見さまを勧請したことをご縁として開催します。

 

星の真言を唱えてご自身で除災招福、開運厄除、転禍為福を祈願する修行です。

 

御札はありませんので、今まで星祭りをお願いしてるお寺さんから授かってください。

詳細は1月になってからブログに掲載します。

 

3月春季彼岸会

 

全ての行事はブログで告知します。

その時にお問い合わせください。

告知前には対応できません。

 

 

 

 

ご利益の前倒し

先ほど、だいぶ前にトラブルにあった人から、忘れたころに思わぬ逆恨みの嫌がらせを受けているといるというお話。

思い余って飯縄さまの魔除けをお願いしたらお願いした時点で解消したとのこと。

 

私に言わせれば本尊とつながればこういう「霊験のまえだおし」も起こる。

よくある。

 

でも考えようではお札が付く前に解消したんだから「無駄なもの申し込んだ。しくじった。」と思う人もいるでしょうね。

その辺は感じかただが、損得勘定や物の売り買いだと思う人は祈願はもう頼まない方がいいね。

そういうものじゃない。

 

猫(トラ柄の雑種ミックス)喧嘩するリアル無料フリーイラスト83261 | 素材Good

 

今度は被害者面ですか?

news.yahoo.co.jp

「コメンテーターで出演の横粂勝仁弁護士は同都議が辞任の理由の一つに「85歳になる父への被害」を挙げたことについて、「お父様、ご両親への危害っていうのは決して正当化されない行きすぎた行為ですが、とはいえ、木下元都議が自らまいたタネでそれを防ぐ手段はいくらでもあった」と発言。」

 

この人、今度は被害者面ですか・・・木下元都議に票を入れた人はどう思うのかな。

施餓鬼供養の功徳その176  善龍庵

 

 

 

 

大森先生の施餓鬼供養の
自宅追善供養法を日々
行えることで、
その時間は自分の心と
向き合う時間がもてています。


少しずつですが今までの
記憶や感情の整理ができ、
穏やかに過ごせています。


特に、家族とはビデオ電話で
和やかに会話できることが増え、
とても嬉しいです。

 


今までは一人で必死に、
がむしゃらにやってきたと
思っていたのですが、
思い返せばつらいと
思っていたことでも、
そこは最悪ではなく
家族にも周りの方々にも、
ご神仏様にもご先祖様にも
かなり守られてたんだなぁ…
と思えるようになりました。

 


また、たまに感情の波に
さらされることもありますが、
以前ほど長くは苦しく感じなくなり、
その日その日を安心して暮らせるには
どうしたらいいかに目をむけられる
ようになったように思います。

 


こういう風に思えるようになったのも、
大森先生と大森先生の修してくださる
施餓鬼供養に出会えたおかげです。
本当にありがとうございます。

 

 


日一日と寒さが募ってまいります。
ご自愛専一にお過ごしください。


大森先生とご同行の皆様のますますの
ご多幸とご健勝をお祈り申し上げます。


シリソワカ

 


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お知らせ

11月28日日曜日からの施餓鬼供養の申し込み締め切りは24日水曜日です。

 

飯縄山で各壇修法

飯縄奥の院に行ってきました。三人でフルコース。

里見行者の不動三段護摩 初めての略護摩ですが見事に焚けています。

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藤川行者の聖天花水供 もう通算で500座を超えました。

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私の本地護摩です。

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これが黒くなった天蓋。上にまで灰が降り積もっています。

実は火伏盗難除けの内符はこの上に書くのです。

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レオンちゃん逝く

冷たい雨が降る中、家に帰らないレオンちゃん。腎臓が悪いから薬飲ませたいのに・・・

無事でいてほしいと念じながら寝たら夢の中にある人がレオンちゃんを連れてきてくれた。誰だかわからないが・・・でもとっさに「これはこの世のものではないな。」と思い、九字を切ったら消えた。レオンもいなくなった。

「ああ、もうこれは亡くなったんだな…」と思った。こういうのは百発百中です。

※ウーパールーパーを眺める在りし日のレオン

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それで今日は心の懲りながら暗いうちから飯縄へ出発。

後で寺に連絡したらお風呂場の裏でなくなっていた。今は垣根の工事で方々結界している上、具合も悪いのでうまく帰れないで寒いまま死んでしまったのかも・・・

 

親しい人が亡くなれば時には人生が変わるほどショックを受けることもあるが、同時にいろいろ思い起こしただ悲しいだけでなく生前に受けた音声やご厚意がしのばれます。

 

でも猫の場合は…なんかもっとなんとかしてあげれば…とか思うだけで、純粋にただもう悲しい思いだけですね。小さな子供が亡くなった感じ。

先ごろ、ウサギの茶助が亡くなったばかり、一月には母が死に、春にはココアが亡くなり・・・

今年の年末は寂しい年の暮れになりました。

レオンちゃん六年間ありがとう。あなたのことは忘れません。

明日は朝一番で火葬に行きます。