金翅鳥院のブログ

天台寺門宗非法人の祈祷寺院です。

蔵王権現と聖天様

これは神道集にある吉野蔵王権現な関する縁起です。
「象王権現の本地は釈迦如来である。 摩耶夫人の胎内に入った時、白象の姿であったので象王と云う。
権現として顕れた時は、本地は聖天である。 聖天は真言教主の大日如来であり、その教令輪身の大聖不動明王であり、無明界の教主の荒神大菩薩である。
その本地を尋ねると大日如来である。 普賢観経( 観普賢菩薩行法経のことと思う )によると、釈迦牟尼仏を毘盧遮那遍一切処と称する。 その自性輪身は十一面観音である。その教令輪身は愛染大明王である。その垂迹は麁乱神である。大魔王となる時は常随魔である。煩悩となる時は元品の無明である。総じて九億三千四百九十の王子眷属がいる。夫婦合身の形で象頭人身の体である。荒神として顕れる時は一面三目で二足の姿である。」
聖天様と蔵王様は全然違うんですけどこの記述の限りではすごく関係があるということです。
吉野金峯山の蔵王権現の御利生があらたかなことはよく知られています。これで見る限り、蔵王権現のお姿は実は麄乱荒神の姿のようです。
麄乱荒神三宝荒神様の別名です。多婆天王ともいう。
昔から聖天様と荒神様は一体といいますが蔵王権現ともそこでつながっているんですね。
荒神発遣の大事」は過去、現代、未来の荒神に祈って罪を払う方法。だとすれば三体の蔵王権現は実は過去。現在、未来の荒神でもあるのでしょう。
形像としては五大力菩薩や金剛童子に酷似している蔵王権現ですが、蔵王権現の三体の尊像を信仰する裏には荒神思想があったかもしれないのですね。
そうでないと三尊祀る意味が今一つです
さっき、このブログを読んだという方から面白い話がありました。
近所に「聖天の森」というのがあるそうです。だけど聖天様がいないで、お寺には大日、不動、愛染がお祭りされているそうです。
大日、不動、愛染は真言宗ではよくある三尊ケースですがキーワードは「聖天の森」ですね。蔵王権現のまします吉野にも同じ名前の地名があります。しかも大峰修行の七十五靡のひとつになっております。
そこから考えると、あるいはこの三尊を神道集の教えのように聖天様の本地として祀ったものかもしれません。この方はブログを読んで長年の謎が解けたと感じたられたそうです。
面白いですね。