金翅鳥院のブログ

天台寺門宗非法人の祈祷寺院です。

聖天様の牙

最近、水歓喜天用の単身天の鋳造を発案していますが意外と細かい点でひっかかっています
たとえば牙が折れているとすると右なのか左なのか?
威かはヒンドゥーに詳しい井口師に尋ねた結果もらった返事です。
参考になるかもしれないのでご披露しておきます。



『いつもお世話になっております。


先日のガネーシャの折れた牙の件ですが、調べてみた所、これには複数の故事があります。

そして各エピソードは、〈注釈〉が幾重にも付加されて行きます。例えば、現代では一本の牙は〈不二〉を表す等です。

ガネーシャのイコンの多くは右の牙が折れた状態になっています。

折れたのが右の牙である事の明確な記述は殆ど見当たらないようですが、推測するに矢張りインド一般の〈淨〉という意味がそこに込められていると考えられます。

➀パラシュラーマ(ヴィシュヌ6番目の権化)と闘争になった時、斧を受けるのに左の牙を使った(※梵森註:この斧はシヴァがパラシュラーマに授けた神聖な武器であり、受け止めないと不敬にあたる為)

マハーバーラタの筆記中にペンが折れたので代わりに自分の牙を折って使った(※梵森註:マハーバーラタは聖仙ヴィヤーサが梵の天啓を受けて地上にもたらした神聖な書物である為)

③自分を笑った月神に自分の牙を折って投げ、顔を二つに割り呪いをかけた(※梵森註:月神もまた神聖な存在である為に不浄側の左牙を使う事が出来ない、またヒンドウー神話では〈呪い〉が〈祝福〉に変容する事がある)

④弟神カールティケーヤと闘争し、牙を彼にもがれた。

この四つのエピソード中、〈左の牙〉と敢えて記述されているのは➀だけで、後は左右不明です。

この理由は私見ですが、パラシュラーマの神斧は右手だった為、リアリティを求めた結果、その斧を受けて切断された牙は左である、という事かも知れません(これについては、左の牙が折れている像を挙げて、ネット上で言及した人が居ます)。

結論としては、イコンに現れる、折れた牙の左右の相違の明確な理由は、原典そのものに辿る事は今の段階では殆どできず、後世に〈右ー淨/左ー不浄〉という観念から右が折れた形式が一般的になったという事になりそうです。

蛇足ですが近年ネット上では俗的な解釈が存在していて、ガネーシャの鼻は左に巻いて(すなわち左の牙を護る形)いる事が多いのは、左=女性性(シャクティ)を示している、というものがあります。要約すれば、ガネーシャ一尊で象徴的に明妃を抱いているという観念がそこに付加されているというものです。残念ながらこの解釈の正式な根拠は不明なので更に研究が必要と考えます。

余りお役に立たない情報でしたら、申し訳ございません。
今後も折りに触れて調べて見たいと思います。

合掌

井口梵森』

図像抄などの密教の図像では左牙が折れているようです。思うに密教的には左を邪とみなし、これを折る意味があるのでしょうかね。
だとするとヒンドゥーでは強調して「浄」である右を折れた牙にしたのに対しまるで逆の発想があるということですね。
役に立たぬどころか大変参考になります。さすがに詳しいですね。
聞いてよかった。忙しい中調べてくれてありがとうございました。