聖天様や荼吉尼天様はちょっと怖いので七福神のうちの三天どれかを拝みたいという人がいました。
同じ福の神でも大黒様と弁財天と毘沙門天では違いがあるのでしょうか?あるならどう違うのですかと聞かれましが…。
何とも言えないですが何やるかによりますね。…イメージでは一番に福の神らしいのは毘沙門天ですね。儀軌にも福徳を授ける旨、ハッキリそう明記してある。
インドでもクベーラと言ってもとからの財宝神です。
だから会社や商売やるなら毘沙門天。ダイレクトに福徳です。
毘沙門様は帝釈天の軍隊の武官ですから組織向きですね。行ってみれば経営かな。
金光明経や随求陀羅尼を信仰する人を守る神です。
お金そのものより能力本位ならこの方です。
私は自分の守護神が弁才天なのでどうしても、しゃべったり、書いたりみたいなことになっていく。
宇賀弁財天というのがあるけどあれはお稲荷さんである宇賀神と一体化した弁天さんです。福徳が目的ならむしろそちらでしょう。
狐さんや蛇さんはお米を荒らすネズミや雀の天敵だから眷属なのですね。だから宇賀神様も蛇体なのですね。
あの恐ろしいカーリー女神はこの方のお内儀です。
日本では大黒闇天女です。大黒様だって大暗黒夜叉王です。
でも日本にはおそらく毘沙門天の原型クベーラと間違って入ってきたんでしょう。形像的には原型と全く合わない。
そうでないと福の神にならない。もとは戦闘神です。
まあ、商売も一面、戦かも。
でも、どちらかというと私は戦闘神のマカキャラ天が好きです。
なんかニコニコ、サンタクロースみたいに目を細めてかわいく笑っているのは駄目です。
大黒天の何たるかを知っているので私には受け入れがたい。
笑いでも薄ら笑いか、歯をむいた多少悪魔的な笑いじゃないとイメージ的に会わないんです。もちろんあくまでこれは私的なイメージです。なにせ口伝では一大事の時には大黒さまの唇に血を塗る作法もあったとか。
そうはいっても皆さんは絶対やらないでください。
かえって罰当たるかもしれないから。
そういうのを聞くとすぐやる人があるので、心配です。
第一お像が汚れる。
聖天供するときは御父上なので壇上に三面六臂の忿怒尊をおいています。
とても怖い親父さんなんですね。昔風の。
大黒様の福は貯蓄、備蓄だと思う。財テクです。
お金のたまらない方は拝むといいかも。
私も一向にたまらないですが…(笑)
俗信では乾の隅に金庫措いてその上に祀るといいそうです。
(あくまで俗信です)
拙寺は一応寺なので本堂に祀っていますけど。
元来、仏教でいう財の考え方は流通です。ガチガチにため込んではうるおせない。
でも大きなこと計画して考えるのならやはり貯蓄は大事ですね。
いつも使ってばかりじゃたまるわけない。
三面大黒天は伝教大師が感得されたと言うけどのお姿は大分後でできたようです。
若いころ比叡山にいた師匠の談では元々の三面大黒は勝軍大黒と言われる甲冑に宝冠、宝棒に袋を持つスタイルの別名だとか…。
宝冠の中には宇賀神でこの場合は女性に作る。
弁天様なんですね。
此れと対で弁天様の頭の上の宇賀神は男性で実は大黒様という説もある。だから大黒様拝むには弁天様、弁天様拝むなら大黒様というのが天台流にある。ご夫婦なんですね。インド神話的には根拠ゼロですが。そんなのどっちが正しいとかいう奴はアンポンタンです。
神話ですから。是、実話じゃないから気にするなという意味じゃないですよ。
実は神話は我々に神様の背後にあるシステムを教えるメタファー(たとえ話)として機能します。
つまり何事かを伝えるために意図されたたとえ話なのです。
で、結論です。
福神はどれがいい?どれでもよいんです。
自分の感覚で好きな方を選んでください。
毘沙門天は営業、弁天は融通、大黒は貯蓄といっても所詮イメージですからね。本音で言えばなんだっていいんです。
まあ、まとめて三面大黒だっていい。それぞれの神様三つ祀るもよし。
でもイメージ自体は大事かも。
お互いのイメージが共有されていてもいいしょうし、考え方でどうともなる。
で、好きな神様を拝む。それが一番ですね。