金翅鳥院のブログ

天台寺門宗非法人の祈祷寺院です。

「赤ちゃんのおしっこを嘗めなさい」


清朝に仕えた侍医の末裔、黄老師
老師はN先生に「武術と医術は一つ。そして気象、天文も関係が深いのです。だけど時間がないから医術を少しだけ教えるよ。」
薬剤師や医者じゃないから薬法は別だが…といわれたそうです。

でもこの時、習った手技でN先生は人生の後半期、実に多くの病人を助けました。
 
晩年、私にもその技を少し教えてやろうと言われましたがそれはご遠慮しました。
もし私のような者が祈祷とそれとを両方やれば
「なんだ。祈祷だとか言って結局手技じゃないか。」と言われたり、逆に「治療家だと思えば拝み屋だ。ばかばかしい」という人も出てきて両方を辱めることになったでしょう。
私においてはこの判断は正しいと思います。
 
それでも自分が先生にしてもらったように一度してあげたらあれをもう一度してもらいたいという方が二人も訪ねてきて驚いた。それだけ効いたのです。むろんお金はもらわないで、これきりだから…と言いました。
 
誤解なきように申し添えると、世の中には両方やる方もいて上手に区分けしている方もあるのでしょう。
私も決して両方やるというそれ自体を悪く言うわけではありません。
でも、私のようなバカはその区分けがうまくできそうにないので断りました。
 そういう話です。

黄老師から聞いた話では気脈の流れは天文や気象によるのだそうです。
確かに私が習った中国医学でも「子午流注」というのがあるから武術も当然そうでしょうね。
狙うべき点穴のツボは時間帯に強弱があるという。
手わざの治療も同じだそうです。N先生の手技はそのへんもあってか、非常に効きました。医者が余命がないという人でも相当に生きた。そして完全に治った人もいます。
 
さて台湾に話を戻します。
ある時、老師が黄色い液体の入った皿を二つ持ってきて嘗めてみろという。
「なんですか?」と聞くと「赤ちゃんの尿です。片方の赤ちゃんは腎臓が悪い。嘗めて違いを知るのだ。」と促された。
躊躇していると「あなた、何をグズグズしてるか。早く嘗めなさい。汚くない。タバコや酒で穢れたあなたの口なんかより、赤ちゃんのおしっこの方がずっと清潔だ。何を躊躇するのだ!」と叱られてやむなく嘗めたそうです。
 
清朝の侍医というのは医者で会っても皇帝の玉体に触れることはよほどでないと許されない。だから皇族の健康はこうやって毎朝、尿をなめて健康状態を知り管理したそうです。
 
また、ある時、田舎にいっしょに行こうと言われた。そして肥溜めを見つけると、「Nさん、あそこの肥溜めのふちに白いカビがあるね。あれとってきなさい。」と言われ、いやいや取りに行くと、「あなた、これは昔のペニシリン(当時の代表的な生物質で抗生物質の代名詞にもなっていた)だよ。貴重なものだ。」と言ってガラスケースに入れてしまった。
 
拳法中心で武器法は習わなかったそうですが、暗器(隠し武器)の話になると老師は、ニヤリとして、やおらベルトを外してバンドを引き抜いた。そうすると上下に刃物が並んだ金属の板状のものが一舜に繰り出され。これにはN先生も驚いたそうです。
当時の台湾は果し合いもあったりしたらしく、警察もその辺は死者が出ようが「これは武術の試合だ」でかたずけていたので、こういう用心も必要だったのかもしれません。