金翅鳥院のブログ

天台寺門宗非法人の祈祷寺院です。

自分の祈願は


猫のクロベエが行方不明です。他人様の行方不明の祈祷していても自分のは簡単かというとそうではない。
そこに差別はない。おんなじです。
本尊の前には信者も行者もそこは関係ない。
悲しいけどなんとなくもうこれきり帰ってこない気もします。

こういう時、自分のことだからと言って他人様の何倍もシャカリキ祈れば効果があるかというとそうではない。
既定の祈祷はしてもいいが、例えば自分お祈願だからと別座の大浴油してもそこは同じなんでですね。

そこは人からの依頼だと違いはあるかもしれません。
事実死にかけた方を歳末の皆、祈願の終わった後、七日間にわたり別座大浴油してこと無事を得たもあります。勿論すでに篤信者というような方の依頼です。
信者でもない人の祈願ではいくらお金を出されようがそこまではお断りです。

何の御祈祷でも自分の御祈願はそんなふうにしても同じ。
自分の場合は祈願でなく自行であれば別。修行としてやるなら100座でも1000座でもしたらいい。
そういう我他彼此の差別相に堕してしまってはますます祈願の本質から離れる。
それを背景に結果は出ない。
諸眷族も私のこと特別扱いするとかは一切しない。
そういうものです。