昔、高校生のころ住んでいた藤沢の片瀬からよく龍口寺にお参りに行った。
龍口寺はもともと深沢の五頭竜をお祭りしてあった場所です。
五頭竜は当初狂暴で手が付けられなかったが江の島の弁天様がお嫁入りなさって鎮まられ善龍となったという聖天様みたいな経歴のみたいな竜神様です。
善神になったけど持ち前の荒々しさからその神前で罪人の首を打ったようです。
それが「たつの口の刑場」
なお、現在は五頭竜さまも別な地に遷座されています。以下参照
日蓮上人が処刑されかけて江の島から光物が飛来して助けられたという伝説の場所がここ。
実際は当時幕府に絶大な影響力のあった蘭渓道隆禅師が僧侶の首を討つのはいくら何でもよくないと意見したためともいう。
蘭渓道隆禅師は宋の国の方で元(モンゴル)の勢いで故国が滅ぼされて日本に来ていた。
その竜口寺の山上には仏舎利塔が建ち、(これも昔はなかった)その途中に七面大明神をお祭りしていた。
七面大明神と言うのは身延山の守護神でやはり竜神様です。
ここの尼僧さんが面白い人でした。
お参りにいくと経木でできた船のようなものにお菓子や卵が載せてずらっとお祀りしてある。
「これなんですか?」と聞くと「これはミイさん供養です。だれでも蛇を傷つけたり殺したりすることが多い。それで供養するのよ。」といわれた。
供養しないと「祟る」のかどうかは聞かなかったが、たぶん自発的に蛇供養などする人は多くはないだろうからそういうことかもしれない
私の学生の頃はまだよく蛇もいたし、畑や田んぼでも農家が蛇を嫌って殺したりもした。
益獣なのにね。
それでなくても子供時代などは面白半分に虫やカエルや小動物を殺生をすることが多い。
私は殺生は嫌いだったが害虫などとされているものはためらいなく殺した。子供心に免罪符が出たようなもので殺した。実に申し訳なく思う。
そういう残虐さが人には残っているんだろうね。狩猟動物だったから。
殺すことを喜ぶ心がおしなべてどこかにあるのだと思う。
でないとこれだけ四六時中戦争とかしないでしょ。
でも、ただでさえそんな人間が世の中にわんさか出て他の動物は地獄のありさまだと思う。
畜生界はそのまま地獄と変じた。実に申し訳ないことだと思う。
所詮生き物は生き物を殺して生きている。生きることは殺すことと大差ない。
だが、だからといってそれは当たり前ではない 考えなくていいとはいわないのが仏道だ。
拙寺も施餓鬼には必ず別して鳥獣魚虫の供養塔場を立てて懺悔しお参りします。
命あるものはお互い様の心を持たないといけないし、万物の霊長と言うなら彼らを時に守ってもやらねばいけないと思う。
そうでないと普通に生きてるつもりでも大きな罪業を積んでしまう。