亮太さんの両親は幼いころに離婚し、亮太さんは母親に引き取られた。5歳の頃に、母親が年下の男性と再婚。“地獄”が始まったのはそれからだった。 「義父は母と交際を始めた頃から、僕の顔を湯船に沈めたりするようになりました。まだ4、5歳だった僕はその意味がわからず“遊び”の一種と受け止めていましたが、今考えれば明らかに虐待だったとわかります。 母と義父が再婚してからは毎日が地獄のようでした。殴る蹴るは当たり前、ご飯も水ももらえずに何日も放置されたことも一度や二度ではありません。学校がある時は少なくとも給食は食べられるのでまだ耐えられるのですが、夏休みなどの期間は教科書をちぎって食べたり、トイレの水を飲んでいました。そうでもしなければとっくに餓死していたと思います」
壮絶な育ちに負けず人間性をゆがめないこと。
それが本当に美しい心の花、人生の花を咲かせることでしょう。
この人こそ泥中蓮華だ。合掌。